日本に住んでいるとあまり感じることはないけれど、生まれた時代や場所が人に与える影響って凄まじいものなんだなあと思った。
紹介されている4人のうち、名前を聞いたことがある程度に知っていたのは2人。
香港映画はまだしも、中国映画はほとんど見たことはない。
長年舞台俳優として活躍していた、遅咲きの映画スター朱旭(チュー・シュイ)。
昭和の日本のお父さんのような風貌の彼は、中国でもいいお父さんを演じさせれば右に出る者はいない。
けれど、役作りをしているときに彼がつぶやいた一言が、中国の現実なのだ。
「中国では他人にこんなに優しくするなんて、考えられんな」
文化大革命。
映画弾圧、文芸否定の十年。
他人を陥れなければ、自分の命が危ない。
他人どころか家族が、恋人同士が、互いを裏切り、我が身のことだけを考える。
そんな壮絶な十年をすごしてきた人たちは、他人に優しくすることができなくなるのかもしれない。
出演した映画はどれもヒットするが、ひとつとして似た役どころのものがない、天性の演技派俳優・姜文(チアン・ウェン)。
決して美形ではないのだけど、その演技が人を引き付ける。
見てみたくなるではないか、彼の演技を。
カメラマンから俳優へ、そして映画監督へ。
張藝謀(チャン・イーモウ)は、文革の嵐をまともに受けて育った。
国民軍の軍人だった父は「反革命分子」のレッテルを貼られ、正業に就くことを許されず、張藝謀自身も、どれほど学校の成績が良くても評価されることはなく、差別・偏見に晒されてきたのだ。
“政治的な偏見、家庭成分、階級的差別によって経済的には困窮し、精神的には抑圧を背負って張藝謀は成長したのであった。”
ヴェネチア国際映画祭で二度目の金獅子賞を受賞した「あの子を探して」。
13歳の小学校の代用教員の少女と子どもたちの交流を描いた作品。
「優しさと教育は光、光が子どもたちと世界を変える」
これは観たいなあ。
張國榮(レスリー・チャン)は、元々は香港で人気の歌手・俳優。
そういう人が本土の映画に出ることは珍しいらしい。
香港で暮らしていても、文革の影響で家族が破たんしてしまう。
そんな彼が本土の映画に出るということは、多分想像以上の葛藤があったことだろう。
西暦で考えると同じ時代を生きているはずなのに、全く違う時間を生きてきた隣国の映画のスターたち。
また、知らねばならないことが増えた。