レヴィ=ストロース講義: 現代世界と人類学 (平凡社ライブラリー れ 2-1)
- 平凡社 (2005年7月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (259ページ)
- / ISBN・EAN: 9784582765434
作品紹介・あらすじ
20世紀最良の知的遺産たる構造主義は、21世紀世界の難問にいかに答えるのか。構造主義を提唱した文化人類学の泰斗が、性・開発・神話的思考など、アクチュアルなキーワードを通じて、第三のユマニスムとしての人類学の新しい役割を説く。日本文化への鋭い洞察を示す、一九八六年、東京での三回の講演と質疑応答を収録。
感想・レビュー・書評
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25年ぶりの同級会は、まるでタイムカプセルの中身のように、忘れていた昔の自分との再会であった。
「一度会ったよねえ、山手線で、お前の銀行がまだ○○銀行っていう分かりやすい名前だった頃、2、3分だけど話したじゃない」
相手はそのことを全く覚えていない。
「お前、いつもカメラぶら下げてどうみても不審者だったよなあ」
確かに写真家を目指していた時期はあった。だが撮らなくなってもう十年以上経っている。
万事がこういった具合である。
「レヴィ=ストロースって言うとお前のこと思い出すんだよねえ」
そう声をかけてきたのはヤマモトだった。
「ああ、この前亡くなった。百歳で」
「そう、まだ生きてたのかって感じもしたけど。やっぱりレヴィ=ストロースって言うと、思い出すのはお前の事なんだよねえ」
と、学生時代にレヴィ=ストロースのなんたるかを彼に刷り込んだのは私だったのだと、ヤマモトは繰り返し話した。
そうこうしているうちに、順番にひとことタイムになった。
「UCLAの修士課程でサミュエルソンの記念講演を聞いた。生のサミュエルソンの声を聞いた」とか誰かが自慢する。
彼は当時の経済学徒にとっては教祖で、主著の「経済学」はバイブルだった。しかもその本の厚さは数十センチもあった。くしくもその日はサミュエルソンが亡くなった翌々日でもあった。
「私は、ニューヨーク大学でサミュエルソンの講座を1年間専攻した」とか、自慢合戦になりかける。私はすかさず、
「その人ってさあ、あの“枕になる本”書いたあの人?」と、突っ込んだ。
どっと受けた。知的なジョークが通じた。すっかり忘れていた感覚である。
80年代に学生だった私たちは、皆知的背伸びをしていた。競って難解な本、分厚い本に挑戦した。当時もてはやされた構造主義のバイブルはレヴィ=ストロースの『構造人類学』であった。吉本隆明や大江健三郎に挑んで撃沈する奴も多かった。
ヤマモトとはもっと話がしたくて、帰り道の有楽町から大井町までの間二人で話した。
商社で一貫して原発関連の資材の輸出入に携ったヤマモトは、いまではその分野の子会社を設立して社長になっていた。
「俺なんかさあ、原発の仕事してるだろ。お前に会うのは楽しみだったんだけど、きっとお前に怒られんだろうなって思ってたよ」
「なに言ってる。立派な仕事じゃねえかよ」
「だって、お前『赤から緑へ』ってさかんにいってただろ」
「『赤から緑へ』ってそれ俺が言ったのか?」
驚いた私は、思いきり力を込めて人差し指で自分の方を指さしながらいった。あの頃の、イデオロギーから環境問題へというスローガンなのだろう。だが、私の方には全く記憶がない。小さな世界でオピニオンリーダーを気取っていた恥ずかしい自分の姿が浮かんできた。
パリに四年間駐在した彼は、カルチェラタンの古本屋でレヴィ=ストロースの原書を見つけたとき、やっぱり私のことを思い出したのだという。原語で読んだ方が翻訳本より分かりやすかったという彼は、いつの間にフランス語をマスターしたんだろう。パリの街を一人で歩くヤマモトの姿を思いうかべてみた。25年もの会社生活の中で、彼なりの迷いや苦労がなかったワケはあるまい。そんなふとした時、私のことを思い出してくれたのだろうか。
「お前は変わっちゃったの」
「ああ、変わったさ。今じゃお年寄りのおむつ変えたり飯食わせたりの仕事さ」
「変わってねえよ、赤から緑へ、それで今は福祉へって、お前はお前で一貫してるじゃねえかよ」
田町を通過するあたりで、私は言うべきひとことを切り出した。
「悪いが正直にいうと、俺はあの頃レヴィ=ストロースなんか読めていないんだ。読んで解ったと思えるようになったのはようやく最近『レヴィ=ストロース講義』を読んで初めてさ。年取ったし、書いてる方も老成して分かりやすく書いてくれるようになったからねえ。あの頃は若気の至りで、受売りや知ったかぶりで偉そうなことを吹聴して悪かったなあ」
「大井町駅だけど」とヤマモト。
「あらあら降りなきゃ」と私。車内からヤマモトが頭を下げてる。
「本当に偉いのはお前だよ」
そう言おうとしてまだ手も上げず頭も下げないでいるうちに、京浜東北線のドアが閉まった。ガラス越しのヤマモトの頭が遠ざかっていった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本書は偉大な文化人類学者レヴィ=ストロースの日本講演の記録です。質疑応答も紹介されており、そこで質問されている方々もそうそうたるメンバーです。たまたま書店で見つけて手にしました。さて、私自身は一度もこのレヴィ=ストロースの著書を読んだことがなく、中沢新一氏の本で紹介されているのを見るくらいでした。たくさんの著書のどこから手をつけていいのか分からないでいるのですが、たまたま見つけたこの本で、著者の人となりをなんとなくうかがい知ることができました。日本のことが割りと好きなようで、日本で講演するということもあってでしょうが、かなりいろいろと調べてこられているようでした。私が一番気になったのは、現代の科学技術によってもたらされる問題を論じたところです。それは、冷凍保存された精子などを使って人工授精をした場合です。くわしいことは書けませんが、たとえば自分のおじいさんの精子を使って受精し、子どもを生んだ孫娘がいたとします。生まれた子どもの存在はいったいどうなるのでしょう。生物学的に法的に。このようなことに対する解決策が、どうもいわゆる未開の部族の習慣として存在するようなのです。不思議過ぎます。これから先も、もう少し時間をかけてじっくりと大切に読んで行きたいと思います。
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生きるための古典(←このコラム大好き。)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090525/195657/
で紹介されていたのが面白くてレヴィ=ストロースという人の文化人類学の講義録を読んでみた。
世界には、ただひとつの歴史の発展法則があり、かつ、社会は合理的で説明可能な構造をもっている
という思想が本当なのか?という疑問をもった人ですね。
構造主義的アプローチ、というのは、私なりに解釈すると
(一見、相互に無関係な)幅広い事象をあつめて、分類し、それらの事象の共通点を求めつつ階層構造を見つけようとする、という手法をとるように思いますが、
このアプローチ方法自体が、その人の中に経験と時間の積み重なりを必要とするように思います。
(これを「生きるための古典」の岡敦さんは、プリコラージュ、と呼んでいます)
たとえば、働き始めたはじめは、どうやってその仕事をこなすか、HowToから始まりますが、
そのうちいろんなことをやるようになって、パターン分類をするでしょうし、
その次の段階では共通点を抜き出して階層構造的に問題を再分類し、違った切り口からの解決法を編み出したりするでしょう。
こうしてみると、構造主義的アプローチというのは、仕事を覚えて数年たったビジネスマンが、自分たちが現在直面している問題を整理する際に有効ではないか、と感じます。
ビジネス本って、古典やら思想やら哲学やら研究手法やらを、現代の自分たちの状況に当てはめて具体化したり、展開してみた、というのが多いようにも思えます。
一見今の自分に関係なさそうな文化人類学の本であっても、自分の問題にひきつけてよめば5倍も10倍もおもしろかったりします。
社会経験値があがると、本の読み方もかわってくるのかもしれません。
昔読んでわからなかった本を今読むと、別な感想を持つこともあるんだろうね。
2010/04/30 -
レヴィ=ストロース 1986年の日本講義録。
人類学の目の付け所、構造の抽出方法、歴史学との違いなど 人類学の面白さが伝わる。中沢新一 「カイエソバージュ 」は レヴィ=ストロースの理論を忠実に再現していることに気づく。
質疑応答に際して、専門外のことや 誘導的な質問に対して、レヴィ=ストロースは 言葉を選びながら 自分の範囲の回答にとどめる点は 立派だと思う
「私たちは未開社会から学ぶ〜社会からもたらされた富を道義的価値に変換する力」
「人類学者にとっての宗教は 神話や儀礼という形に表象された集成」 -
この分野の学術的な深い洞察から自分の社会との関わりかたに生かせる何かを発見したいという動機で読み進めた。著者は、世界文明の取り込みと固有の諸価値の保持を両立したことについて日本から学ぶ点があるとしている。明治時代の日本人が偉かったのか、結果としてそうなったのかは別として、現代に生きるわれわれも選択を誤れば日本固有の諸価値を失ってしまうということを忘れてはならない。
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レヴィ=ストロースの日本での講演を書きおこしたもの。彼の著書は難解なものも多いが、本書は彼の思想の全体像を理解する助けになる。
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86年に来日講演した時の講義録で、スピーチのテキストだけでなく、聴衆との質疑も掲載されている。かなり時を経ているが、新鮮で含蓄ある内容だった。
第1講 )西洋文明至上主義の終焉ー人類学の役割
第2講)現代の三つの問題ー性・開発・神話的思考
第3講)文化の多様性の認識へー日本から学ぶもの
博士の業績を知っている訳ではないが、氏の思想や態度が凝縮されていると察せられる。謙虚で慎重な姿勢ながら、流麗で格調ある筆法話法を通じて、文化や文明の多様性を尊重する力強いメッセージが伝わってくる。
本講義の頃、「数の論理」「スケールメリット」というバブルな価値観が絶頂期だった時代でもある。四半世紀後「ロングテール」や「絆」といったキーワードが台頭し、「ダイバーシティ」「マイノリティ」が一般名詞になった。 -
文化相対主義的方法論が現代の問題を解決する一助になる可能性を提示している。
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氏自身による構造主義および主張についての講義録。平易な語での説明は教育者としての能力の高さが伺える。