魔王〈上〉 (lettres)

  • みすず書房
3.69
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本棚登録 : 71
感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622048084

作品紹介・あらすじ

「1938年1月3日。あんたは人食い鬼よ、ラシェルはときどきおれにこう言ったものだ。人食い鬼だと?つまり太古の闇から立ち現れる妖怪だと言うのか?なるほど、おれは自分の魔性を信じる。言ってみれば、深いところでおれの個人的運命を事物の流れにまき込み、そいつがおれの運命を自分の方向に傾斜させるのを可能にする、あのひそやかな黙約のようなものをおれは信じているのだ。」近視の大男、パリでガレージを営むアベル・ティフォージュは左手の=不吉な手記をこう始めた。子供たちの姿や声を収集する孤独なティフォージュは、ある日少女暴行の嫌疑をかけられ拘留される。彼が釈放されたのは、奇妙な戦争の開始のおかげであった。そして次々に符合する運命のしるしが主人公を思いもよらぬ世界に運んでいく…。

感想・レビュー・書評

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  • 濃い。フォルカー・シュレンドルフ監督はよくもこれを映画化しようと思ったな。
    映画版は原作よりもわかり易い意味でドラマチックに改変されてはいるけれど、あれはあれでよくできていると改めて思う。

    上巻の大半を占めているのは、1「アベル・ティフォージュの左手の手記」だ。
    その後、三人称にかわり、2「ライン河の鳩」、3「極北の地」と続く。

    原作は映画版よりもはるかに思弁的だ。
    主人公アベルは、少年期を過ごした聖クリストフ学院で焼け死んだ学友ネストールをほとんど守護聖人のように思っており、「不器用」をも意味する左手で手記を書く理由はどうやら、ネストールの思弁と魂を、思い通りにならない、その、なかば他者の手に宿らせるという目的があるらしい。

    また学院という場所もアベルの運命を後押しする特別な場所として機能する。
    本作はこの聖なる場所、そして守護聖人ネストールによる、アベルの運命の変奏曲としてかなでられる。

    上巻は、アベルが少女を襲ったという濡れ衣を着せられ、戦地に送られ、ナチスの捕虜になるまでが語られる。
    もともとアベルにはペドフィリア的な性向があり、それが彼の罪を決定的にする。

    トゥルニエの他の作品でもそうだが、つくづくスピノザ的な小説だと思う。欲望を善とし、欲望を追求することが生きる意味でさえあるスピノザ。トゥルニエの小説はやはり、主人公それぞれの『エチカ』(倫理学)を構築する思考実験なのだな。

    その案内役として、本作にはさまざまな動物が登場する。鳩に、馬に、野うさぎに、猪に、ライオンに、そして目の見えないヘラジカに。

    (なるほどスピノザ哲学と動物はすごく親和性がある。欲望を追求する善なる存在としての動物。アベルはそれらをとても慈しむ。ときに殺すことになろうとも。)

    アベルがたまたま捕虜として迷い込んだ東プロイセンの森は、アベルにとって理想的な幻想世界。ここの描写が息をのむほどに美しい。このタイミングでふと、「魔王」という言葉も登場。

    ゲーテ=シューベルトにちなんだあの魔王だった。
    馬にまたがり、子どもをさらう。ここに表象されているのは、子どもというテーマともうひとつ、「担ぐ」というもっとも重要な主題(馬は「担ぐ」動物だ)。

    とはいえここまで読んできたかぎりでは、この「担ぐ」という概念がまだ漠然としている。ネストールと密接に関係していることはわかる。あるいは、キリスト教に通じていればもともと觀念史的に特別な意味があるのかもしれないが、そこは私が無知なためわからない。

    あるいはひょっとして本作は、この「担ぐ」という概念を一から作り出すための哲学的挑戦なのかもしれないとも考えたくなる。

    アベルの運命にしか関わりのない概念。
    きわめて具体的な一個人の運命から抽出されたイデア!?
    あたかも、新たに発見された遠い星の輝きであるような。

  • 『ニーチェ全集 11』ニーチェ 信田正三・訳 筑摩書房 1993
    『怪物の性質、原因、相違について』フォルチューニオ・リチェティ 1616 未邦訳
    『パンセ』パスカル 由木康・訳 白水社 1990
    『カント全集 9』カント 岩波書店 2000
    『世界文学全集 39』 ユゴー 講談社 1975
    『ラヴクラフト全集 3』 東京創元社 1984

  • 10月14日 第5回日比谷図書館チャンプルでお借りしました。

    一見して少し頭がイかれた人の左手の手記から始まり、その人を取り巻く環境を淡々と描いて行く、情景の小説。
    時代は第二次世界大戦。
    戦争の話しは大抵悲劇や武勇伝なのに対し、とても静かな、一個人の視点で書かれています。僕が知ってるフランス小説のひとつの形、決して裕福でないが、しかし美しい小説でした。
    Toshi

  • 十字架を担ぎ、その後十字架に担がれる</hr>
    なんだか凄い話だ…

  • 読んで映画見に行ったあと観客が「よくわかんねー」と言ってて死ね!!お前になんか分かってたまるか寧ろ俺がお前を殺してやる。と思いました… 原作読まずして映画のみで全てを解しようとは何たる愚劣な!!と本気で腹が立った。上巻で頓挫。という声を結構聞くので読みにくいとは思うがそれが報われるのは全て読了してからのことだよ!!途中でそれ所じゃなくなるから!!

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著者プロフィール

現代フランスを代表する作家。1924年パリに生まれる。ゲルマン神話とドイツの哲学・音楽に傾倒する。『魔王』『気象』『黄金のしずく』等著書多数。この作品はドゥルーズが非常に高く評価している。

「2010年 『フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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