昨日の世界〈1〉 (みすずライブラリー)

  • みすず書房
4.06
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  • Amazon.co.jp ・本 (353ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784622050346

作品紹介・あらすじ

ナチズムが席巻するヨーロッパを逃れて、アメリカ大陸に亡命したツヴァイクは、1940年ごろ、第二次世界大戦勃発を目にして、絶望的な思いで、本書を書き上げた。ウィーンの少年時代から書き起こされたこの自伝は、伝統の織り成すヨーロッパ文化の終焉を告げるものであり、著者が一体化した一つの時代の証言であり、遺書である。

感想・レビュー・書評

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  • 十九世紀後半から戦間期のヨーロッパを生き、自由と平和を愛した、オーストリア出身の作家の自伝。
    「裕福な生い立ちだったツヴァイク」というフィルターを通してにはなるけれども、当時のウィーンやオーストリア、そしてヨーロッパの人々の生活や生き様を知りたいなら間違いなく第一級の資料です。
    優しく高貴な人柄でありながら、歴史作家ならではの鋭い観察眼を持つ彼でなければ書き遂げられなかった偉業だと思います。



    古きよき時代と謳われる世紀末ヨーロッパの描写は郷愁に包まれながらも、熟れた果物のように甘酸っぱくて柔らかな光に満ちあふれています。
    その時代を軍靴で乱暴に踏みにじるかのように「突然」訪れたWW1の残酷な描写。孤独との戦い。そして、終わった後に訪れた「誰も望まなかった国」オーストリアの息絶え絶えな描写があまりに切迫していて、読んでいるこちらも息切れするくらいに胸が苦しくなりました。
    (「突然」というのはあくまでその時代を生きた彼らにとってはという意味です)

    WW1終了直後のオーストリアが自力で立つことができない悲惨な状態であったことは、どの歴史資料を読んでも共通している印象があります。
    それはまぎれもない事実だったのでしょうが、ツヴァイクの遺したこの証言が歴史家の方々の根底の一つとしてあるのかもしれません。

    ツヴァイクが作家として世界的な名声を得るのはこの苦しい時代を乗りこえた後だったというのは、この本を読んで初めて知りました。
    そうしてようやく訪れた安泰の日々もつかの間のことで、ナチスの台頭によって奪われてしまう。
    彼は、ナチスが憎んだ、「裕福な」ユダヤ人だったから。

    作中のそこかしこで、ツヴァイクが出会った人々についての詳細な記述が紡がれています。
    鋭い観察眼を持ちながらも彼の人柄を表すその温かなまなざし、書きしるした人々に対する穏やかで丁寧な姿勢が文章からひしひしと伝わってきて余計に切ない。それは自分と意見が異なる人々に対しても変わらないのです。
    作中であからさまに嫌悪を示したのはナチス(ヒトラー)と戦争を扇動するもの(人そのものではない)だけではないでしょうか。


    ツヴァイクは、亡命後のホテルの一室で、「頭脳のうちにだけある回想」=自分の記憶を手がかりにしてにこの本を書いたのだそうです。
    あらすじにも掲載されている有名な文ですが、はしがきより引用します。

    " なぜならば私は、われわれの記憶というものを、ひとつのことを単に偶然保有し別なことを偶然喪失する要素とは考えずに、意識しながら整理し懸命に無駄をはぶく力と見なしているからである。人が自分の人生から忘れ去るすべては、元来、内面の本能によってずっとそれ以前にすでに忘れ去られるように定められたものなのである。ただみずから残ろうとする回想だけが、ほかのさまざまな回想にかわって残される権利を持つ。それでは語れ、選べ、お前たち回想よ、私にかわって。そして少なくとも私の人生が暗黒のうちに沈む前に、私の人生の映像を見せてくれ!"
    シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界 Ⅰ』11頁



    彼はまさにE・H・カーが言うような「知識人」であり「理想主義者」であり「ユートピアン」だったんだと思います。
    けれども、彼はこの本を書きのこしてくれました。「ヨーロッパの遺書」とも例えられるこの本を。
    世界に絶望しながらも懸命に生きようとしたのは読んでいて痛いくらいに伝わってきます。激動の時代を生きるには優しすぎた彼の自死を責めることができるのは、WW2で酷な運命を背負わされながらも生きぬいた人たちだけでしょう。後世の人間が彼を責めることなんてできません。


    決して気軽な気持ちで読める書物ではないかもしれない。でも、先に申しあげたように彼が生きた時代のヨーロッパを知りたいなら自信をもっておすすめしたいです。
    そして戦争や大きな災害が起こったとき、大衆と社会にどのような変化が表れるのか。それを考えるための力にもなるのではないかと思います。

    もっと早くに読むことができればどれだけよかったかと。
    悔やんでいないといったら嘘になりますが、今よりも遅くならなくてよかったです。

  • ウィーンのユダヤ人として爛熟した世紀の変わり目を生きて、歴史上のビッグネームと連続した社会でその一部とは実際に交流して成長したツヴァイク。ヨーロッパのコスモポリタンとして築いた世界が戦争によって崩れていくのを手も出せず見守るしかないやるせなさ、第一次世界大戦で全てが変わってしまった社会への哀悼が溢れ出る。1914/7/28サラエボ事件のリアルなオーストリア人の受け止め方は他では知ることがなかったのでとても新鮮に感じた。
    読み易い翻訳の素晴らしさも特筆に値する。

  • ツヴァイクが写真も手紙も見ずに記憶を頼りに書き上げた自伝。

    人生の一刻一刻をすべて記憶することは不可能で、印象に残ったことだけを人間は覚えているという。日々の雑多な生活は忘却され、内省は濾過され、結晶する。忘却の試練に晒され、なおも残った記憶はその持主にとって何かしらの意味を持つ。
    伝記作家としても名高いツヴァイクが自信の記憶を織り合わせ時代の空気を描いている。胸いっぱいに吸い込んだ時代の空気を吐き出したような自伝だった。

    ツヴァイクのことは『マリー・アントワネット』『ジョゼフ・フーシェ』の作者としか認識しておらず、ユダヤ人だったことも激動の時代を生き、そして自ら命を絶ったことも知らなかった。コスモポリタンとして生き、文学の理想に燃えたツヴァイクには野蛮な世紀は合わなかったのだろう。自伝から彼のやさしく純粋な人柄がよく伝わる。自らを育んだ自由で穏やかなヨーロッパが崩れていくのを目の当たりにし、身を切られる思いだっただろう。本書が「ヨーロッパの遺書」といわれるのがよく分かる。

    たまたまハイゼンベルク『部分と全体』を読んでいたので、時代の移ろいが途切れなく掴めた。
    みすず書房はツヴァイク 全集を再版してほしい。

  • 意地の悪い言い方をすれば、ひたすら「昔は良かった」という内容だが、オーストリア系ユダヤ人として、第一次大戦で祖国が凋落し、その後はナチス・ドイツに蹂躙され、自身も迫害を逃れて亡命するような人生であれば、昔が懐かしく、今に絶望もするだろう。ツヴァイクは、第二次大戦の行く末を見届ける前に服毒自殺している。

  • Grand Budapest Hotelが切り取った、抗えぬうねりに圧し潰される知性と品格のきらめき。胸に抱える苦さが毒に変わり、やがて生を全うできなくなるまで、記録し問うことの意味がここにある。

  • ウィーン世紀末文化がユダヤ人たちによって形作られていたことを初めて認識した。この時代の学生たちが、なんと早熟で知的に豊かな生活を送っていたのかも。
    第一次世界大戦に突入する欧州の様子も印象的。誰も戦争は起こらないと思っていた、これまで同様にギリギリのところで踏みとどまれると思っていたのに、現実になってしまった、という描写は、今の世界にも通じるようで恐ろしい。

  • 歴史
    思索

  • 抑圧的な学校生活に反発し、芸術に熱狂していった青春時代。
    著名人になってもますます情熱的で、交友関係も広く、物凄い行動派。

    ツヴァイクが見ていたのは、ヨーロッパの最も豊潤な一面だったのだろうな。
    それと戦争に向かう現実とは表裏のように思える。

    ユダヤ人であり、ヨーロッパ人であり、世界市民であるという自らの位置付けは、ツヴァイクの愛する自由と平和の形そのものだ。
    でも彼が信じたヨーロッパの一致は、全く正反対の悪い意味においてなされることになる。

    Ⅱへ続く。

  • かなり分量のある本だけど、なんとか2週間で読破!続いて後編もしっかりと読んでいきたい。

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著者プロフィール

シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig 1881–1942) 
1881年ウィーンのユダヤ系の裕福な家庭に生まれる。ウィーン大学で学びつつ、作家として活動を始める。第一次世界大戦中はロマン・ロランとともに反戦活動を展開。戦後は伝記小説等で人気を博しながら、ヨーロッパの人々の連帯を説く。ヒトラー政権の樹立後、ロンドンに亡命し、さらにアメリカ、ブラジルへと転居。1942年2月22日、妻とともに自殺。亡命下で執筆された自伝『昨日の世界』と、死の直前に完成された『チェス奇譚』(本作)が死後に刊行された。

「2021年 『過去への旅 チェス奇譚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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