蒙古襲来

著者 :
  • 山川出版社
3.50
  • (2)
  • (7)
  • (7)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 132
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (516ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784634150614

作品紹介・あらすじ

「神風」が吹いた。果たして、それは真実か。『蒙古襲来絵詞』には、暴風は描かれていない。太平洋戦争以前、日本が他国から攻撃を受けた唯一の戦いである、と言っても過言ではない「蒙古襲来」に関する通説こそは、砂上の楼閣だった。第66回毎日出版文化賞受賞後、渾身の話題作刊行。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 私自身、蒙古襲来の話にはかなり興味があって、色々と歴史書を読んだりするのだけれど、だいたいが蒙古襲来前後の日本とアジアの関係や、政治状況などが中心で、そもそも蒙古襲来がどういう戦争だったのかということについては、通説通りの描き方に終始しているという不満があった。通説というのは、「鎌倉武士が名乗りを上げている間に、モンゴル軍が集団戦で血祭りにあげる」的なアレだ。


    鎌倉武士はアホなのか? というよりも、そんな馬鹿話を疑問もなく受け入れる歴史家が馬鹿だと言える。鎌倉武士の一騎打ちなんて、実は『平家物語』においても一つも描かれていない。「熊谷直実と平敦盛の一騎打ち」と呼ばれるものも、別に名乗りを上げて矢を射るような一騎打ちではなかった(源氏側の奇襲で逃げる平敦盛を、追撃する熊谷直美が捕まえて殺すというもの)。あるのは奇襲、反則、なんでもありの戦争屋の姿だ。


    蒙古襲来はモンゴル軍を撃退した瞬間から「神話」となり、現代では、太平洋戦争の「神風特攻隊」のイメージにまで繋がり、実像を把握するのが困難になってしまった。また、今の日本では「歴史家」はいても「戦史研究者」はいないということも、蒙古襲来についてどういう戦争だったのかという理解を遅らせる原因になっていたと思う。


    この本は、これまで蒙古襲来の重要史料とされていた『八幡神愚童訓』を完全に否定する内容になっている。『八幡神愚童訓』は当事者の手による実録でもなく、八幡神の霊言を強調するために蒙古襲来を誇張して描いていると断じているが、ここまで手厳しい歴史書はこれまでなかった。また、当時の公家の日記や、『蒙古襲来絵詞』を詳細に分析して、蒙古襲来がどういう戦争だったかの検証を行っている。


    作者は服部英雄。九大の比較社会文化研究院 社会情報部門 歴史資料情報の教授といえば相当なものだと思う。代表作は『河原ノ者・非人・秀吉』で、正直なところ、この本を読んだ限りでは「ああ、網野フォロワーやね」みたいな感想を抱かざるをえないのだけれど、『蒙古襲来』では一気にこれまで現在の日本の歴史学が弱かったところに踏み込んでいる。


    フビライは宋に硫黄を輸出する日本を邪魔に思い、戦争を仕掛けた。文永の役が台風(神風)によってモンゴル軍が退却したことは、ほぼ否定されているものの、今度は1日で退却した「威力偵察説」が大手を振るっている。だが、この点を著者は史料や常識(1万を超える軍勢が1日で船を乗り降りするのは無理)を駆使して、文永の役からモンゴル軍は侵略目的だったこと、戦争が1日ではなく7日続いたと主張する。


    他の蒙古襲来を扱った歴史書よりも、戦争にクローズアップした視線は好感が持てる。また、竹崎季長のパーソナリティーにまで踏み込んだ考察なども良かった。今後、服部英雄氏の説は詳細に検証されるだろうが、蒙古襲来の研究における一つの要石の役割を果たしたと思う。


    逆に、これはどうかな〜と思った点は、歴史書にしては作者の感情が先走る文章。『八幡神愚童訓』に対する服部先生の視線が、MMRのキバヤシみたいな感じ(この本では、MMRと対照的に完全否定の立場だけれどね)になっているのは読んでて笑えた。九大の比較文化研究室では、日々、服部教授「モンゴル軍は〜〜だったんだよ!」、学生「なんだって〜!」みたいなやりとりがされていたのかなと。


    これは、もしかしたら服部英雄先生が、この本は一般に自論を分かりやすく解説したいという思いからかと推測できるのだけれど、どうせ歴史書コーナーに置かれる本なのだから、研究者としての自重はあったほうがよかったのでは? と。でも、wikiに蒙古襲来についての書き込みをして、しかも消されるなんて明け透けなことも書かれていて、九大の先生のはっちゃけぶりが楽しいという読み方もできる。


    蒙古襲来の実像を探るという意味では、これがこれからの基本となる本であることは間違いないと思う。「神話」から「推測」へ、「推測」から「検証」へと、ようやく歴史学の俎上に登ったのかなと。

  • 同著者の新書にて提示された説のベースで、各論点がより詳細に論ぜられたもの。一部の内容は新書で更新されている。従来説への批判意識が先行し過ぎている感もややあるが、史料根拠や論理は明確であり、多くの示唆に富むものであると思う。

  • 文永の役における神風によるモンゴル軍の一夜敗退など、蒙古襲来をめぐる通説を史料批判に基づき徹底批判し、史料を丹念に読み解き、蒙古襲来の真の姿を復元しようとしている。
    歴史学者の史料批判の手法を垣間見ることができ、興味深かった。九州各地などに残るトウボウ(唐坊)という地名の分析も面白かった。ただ、なかなかの大部で、史料の引用とその分析が続き、読み進めるのがたいへんだった。

  • 史実とは何かを問いかける。
    事実ベースに神話の謎にせまる。
    ボリュームたっぷりで全部は理解できなかった。
    引用があってもむずかしい。
    はじめに、の序文だけでも目をとおしたい。

  • 我国と元・高麗の文献を検証しながら、元寇で何が起こっていたのか明らかにしようと試みた労作です。歴史的資料には欠落のほか、それぞれの思惑から誇張・虚偽記載が信じられないほど多くあり、真相解明は困難を極めます。多くの知見が得られましたが、文永の役に神風は吹かなかった(冬に台風は来ない!)、弘安の役の勝因は防塁の効果が大きい(夏場に3ヶ月も攻めきれなければ、台風が来るのは当たり前)が正しいなら、全ての歴史書の修正が必要でしょう。神風勝因説が悪影響を残したことは周知の事実です。

  • 難しい

  • 史料を駆使して蒙古襲来の実像に迫った力作なのは分かるが、ある程度元寇についての知識が無ければ、従来の説との比較すら出来ず、数多引用される史料も細かすぎて退屈になる。読者を選ぶ本。
    「神風」のイメージ形成に影響力のあった八幡愚童訓を、執拗に攻撃するのは多少滑稽。淡々と史料批判する姿勢が欲しかった。

  • 文永の役のときの暴風が台風ではないことは、年末・年始に爆弾低気圧を経験した私たちならすぐにわかりそうだ。また、元寇の理由は硫黄獲得だというのも、山内晋次氏の「硫黄の道」の議論とも合致する。

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1949年名古屋に生まれる。1976年東京大学大学院修士課程修了後,東京大学文学部助手。1978年文化庁文化財保護部記念物課文部技官,1985年同調査官を経て,1994年から九州大学大学院比較社会文化研究科助教授,1997年教授,2011年から2013年まで研究院長を兼任。2015年九州大学退職後,くまもと・文学歴史館館長に就任し2021年退任。現在名古屋城調査研究センター所長。

『景観にさぐる中世―変貌する耕地景観と荘園史研究』(新人物往来社,角川源義賞受賞),『武士と荘園支配』(山川出版社),『地名の歴史学』(角川書店),『峠の歴史学』(朝日新聞出版部),『河原ノ者・非人・秀吉』(山川出版社,毎日出版文化賞受賞),『蒙古襲来』(山川出版社),『蒙古襲来と神風 中世の対外戦争の真実』(中公新書),他編著書多数。

「2022年 『しぐさ・表情 蒙古襲来絵詞復原』 で使われていた紹介文から引用しています。」

服部英雄の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×