バロック美術の成立 (世界史リブレット 77)

著者 :
  • 山川出版社
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  • Amazon.co.jp ・本 (98ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784634347700

作品紹介・あらすじ

西洋美術の頂点を示すバロック美術。それは燃え上がるようなキリスト教信仰が生み出した最後の輝きであった。理性ではとらえきれない幻視をいかにリアルに現前させるか。現実的なイリュージョンにいかに神秘的な聖性を付与させるか。こうした矛盾が止揚され、壮麗で幻惑的な芸術が大々的に追求されたのである。血みどろの殉教、劇的な回心、恍惚とした法悦といった主題的流行と並行させつつ、バロック美術の生成から終焉にいたる過程を説き明かす、単なる概説を超えた画期的な書である。

感想・レビュー・書評

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  • 当初は「バロック美術の概説書」と思い手に取りましたが、3ページ目に「本書はバロックの通史や概説書ではない」ときっぱりと書かれておりました。というわけで、高校世界史で登場するバロックの巨匠たちであるルーベンスやレンブラント、エル=グレゴやベラスケス、ムリリョたちよりも(彼らも名前は出てきますが)、イタリアの宗教画、とくにカトリックと反宗教改革(本書ではこの言葉で統一されていますが、対抗宗教改革orカトリック改革ともいう)と絡めて、カラヴァッジョやベルニーニを軸に話が展開されています。
    まず著者はバロックの特徴を「ルネサンスと近代市民社会の美術のあいだにあって、写実的でありながら精神的な美術という矛盾を抱えていた」といい、「あい反する力に満ちており、科学と宗教、現実と幻影、冷静と熱狂、理性と欲望、秩序と混沌あわせもっていたが、基本的にその本質はヴィジョン(幻視。超自然的なものを見ること)の表現に求められる」としています。
    バロックが登場するまでの宗教画は、反宗教改革の影響で「わかりやすさ(単純明快さ)、写実性(主題の現実的解釈)、情動性(感情への刺激)の三点」が求められるようになりました。そのため殉教者を主題したり、観者を引き込むため二重空間(一枚の絵に、現実世界と聖書のあるシーンなど宗教的なテーマの両方を書き込む)や不在効果(絵の主人公を画面外、つまり観者のいる空間に追いやることにより、観者が絵に参加している感覚を持つ)などの工夫が行われました。このような「聖書の物語や聖なる情景をわかりやすく表現し、それに現実性を与えて観者を引き込むという課題を解決したのがカラヴァッジョ」であったとしています。彼は「「二重空間」に用いられていた静物や風俗の描写を聖なる情景に融合させ、それを光の効果によって統一することで現実感を与え、また「不在効果」の手法を用いて観者を画中の一員に誘う臨場感を備えた宗教画を想像したのだった。これによって、反宗教改革的なわかりやすい宗教画に、神秘性や聖性を失うことなく現実性がもたらされた」とします。
    そして「現実性を取り込んだカラヴァッジョ的なヴィジョン表現は、ベルニーニによって発展し、変質していった」としています。ベルニーニは「観者の視点に合わせて画面を構成し、画中から突出するイリュージョンや、画中に民衆や写実的な静物のモチーフを導入することで画中の空間を観者の空間に接続させること、そして・・・設置される空間の歴史や環境を考慮してこれを作品に反映させるといった、さまざまな手法によって現実空間にヴィジョンを現出させる「劇場化」を試み、・・・カラヴァッジョが絵画のみでおこなった空間の劇場化を完全に理解し、彫刻や建築を動員して完成させたといえるだろう。しかし、法悦と至福を感じさせるベルニーニの華麗な劇場は、暗く現実的なカラヴァッジョの劇場とは対照的に、狂う思惟現実を忘れさせて魂の喜びに満ちた天上の世界を希求する傾向につながっていった」とのことです。
    内容は非常に絵画論的で、専門外の私にはよく分かりませんでしたが、当時の人たちが芸術にかけた情熱、芸術と宗教(これは倫理の授業では大きなテーマの一つです)がどのように関わり合いがあったのか、の一端を知ることができました。
    以下備忘録
    ・フランスを中心に繊細・優美なロココ様式が流行したが、それは地域的に限定され、また時代的にも一過性のものであり、バロック様式が縮小した一変種、あるいは一地方様式といってもよいものであった。
    ・(偶像崇拝に対する宗教画は)あくまで偶像ではなく、聖像(イコン)でなければならなかった。聖像はそのものに神が宿っているのではなく、神の姿を写しているにすぎず、それをとおして神を拝むためのもの、つまり神をしのぶよすがとなるものである。聖像に向かって手を合わせても、それは像にたいしてではなく、聖像の背後にいる神に手を安房sているのである。神を見る窓にもたとえられた。
    ・教皇大グレゴリウス(グレゴリウス1世)は絵画は「文盲の聖書」であるとしてその価値をおおいに認めた。
    ・教父ヒエロニムスははじめて聖書をラテン語に訳した。

  • なかなか、図版なしの解説の部分は、字面ばかり追って理解しがたいものがあったり、宗教の歴史がちんぷんかんぷんだったりと、自分の無知ゆえの不理解が多かったのですが、バロック時代の絵画がなぜあんなにドラマチックなのか理由が少しわかったのは収穫。単に陰影の使い方の変化、だけじゃないんだよね。少なくとも陰影の使い方に変化が表れたってことに疑問を感じさえしなかった自分の愚鈍さたるや…。


    ルネサンスから幾分年を経て…、宗教のあり方というか信仰する人にとっての宗教のたち位置が変容していき、絵画に日常を取り込んだり、二重の意味を持たせたりすることで、信仰心を鼓舞する側面を持っていたと。

    そしてカラヴァッジョはただの素行不良の天才じゃなかった、っと。…いや、天才と呼ばれるだけですごいのですけど、天才の表現には革新的で野心的な目論見が隠れていたのだということがわかって良かった。絵はただうまければ後世に残るわけじゃなくて、時代の中においてどのようなたち位置にあったのかを、ちゃんと考えなきゃならんなぁ。


    さて。わたし、初めてスマホから文を投稿してみました。
    パソでようやく考えながら文字にすることに速さやら思考回路やらが追いついてきたのですが、やはりキーボードたたくという一連の作業だけでは、考えの深まりが浅いです。いわんやスマホをや。指一本、大量の予測変換。無理っすわ…。予測不可能な思考を目指し、わたしは言葉を使いたい。

    今の若い人たちのすごさを思いつつ、文字を紙に書くという原始的な手法の奥深さもわたしにはとても必要と、思います。

  • カラバッジョは美術館より教会でみたい。

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著者プロフィール

宮下 規久朗(みやした・きくろう):美術史家、神戸大学大学院人文学研究科教授。1963年名古屋市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒、同大学院修了。『カラヴァッジョーー聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞など受賞。他の著書に、『バロック美術の成立』(山川出版社)、『食べる西洋美術史』、『ウォーホルの芸術』、『美術の力』(以上、光文社新書)、『カラヴァッジョへの旅』(角川選書)、『モチーフで読む美術史』『しぐさで読む美術史』(以上、ちくま文庫)、『ヴェネツィア』(岩波新書)、『闇の美術史』、『聖と俗 分断と架橋の美術史』(以上、岩波書店)、『そのとき、西洋では』(小学館)、『一枚の絵で学ぶ美術史 カラヴァッジョ《聖マタイの召命》』(ちくまプリマー新書)、『聖母の美術全史』(ちくま新書)、『バロック美術――西欧文化の爛熟』(中公新書)など多数。

「2024年 『日本の裸体芸術 刺青からヌードへ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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