- Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
- / ISBN・EAN: 9784642079778
作品紹介・あらすじ
古来、日本人は肉食を忌み避けたとされている。だが、神話の神々は生贅を食べ、墓にも肉が供えられていた。信仰を中心に肉食の実態を解明し、のちに禁忌となる過程を考察。祭儀と肉の関係から、古代文化の実像に迫る。
感想・レビュー・書評
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2018/09/17
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本書は、古代における肉食のあり方、またその禁忌の始まりについて、各資料を基に検証する歴史考察書である。
古くは日常的に行われていた肉食は、いつの時代からか禁忌とされるようになった。その理由として、
【「殺生を忌む仏教信仰や、農耕で役畜として重要度が増大したことの影響もあって、日常生活でも江戸時代末ごろまでは肉食を忌み避けるのが一般的習俗だった」と説かれてきた(P2)】
と著者はいう。しかし、古代の文献や神話には肉食の記事がしばしば登場し、肉食が決して禁忌されてはいなかったことを証明する。主に祭祀や儀礼の場において、生贄が神に捧げられ、その生肉を共食していたのだ。
読んでいてどうにも気になるのは、著者による用例紹介のありようである。
例えばアマテラスの天の岩戸神話におけるスサノヲの乱行のくだりでは、
【その情景を、和銅五年(七一二)成立の『古事記』や『日本書紀』は次のように伝える。
アマテラスが機織りの御殿で布を織っていたところ、スサノヲが御殿の屋根にあけた穴から、斑(まだら)模様の馬を生きたまま逆方向に皮を剥いで投げ込んだものだから、アマテラスは驚いて機織り器具の梭(ひ)で陰部を傷つけてしまった。そのことを怒ったアマテラスが天石窟の戸を閉めて籠ってしまったので、世界は闇黒に包まれ、多くの災いが発生した。(P4)】
と記述する。ところが、『古事記』では陰部を傷つけるのはアメノハタオリメであってアマテラスではない。もちろん著者はそのことは承知なのだが、そのことについて言及するのはずっとあと、118頁においてであり、またそれは実に簡素である。
【服織女はアマテラスの分身的存在であるから物語の大筋に違いはなく、おそらくはアマテラスが女陰を突くのが本来の所伝であろう。(P118)】
著者がアメノハタオリメをアマテラスの分身的存在とみた根拠は一体何か。
それに一言も触れぬというのは余りに不親切だろう。
本書は学術書というよりは一般向け考察書だろうか。それでも研究者であるならばこうした雑な用例紹介はすべきでない。
わたしはこの4頁の引用を見て以来、本書にある引用や用例をできる限り確認するようになってしまった。
また、『神代記』と『神代紀』の違いも説明のないまま使われている。前者は『古事記』における神代の記事、後者は『日本書紀』におけるそれである。
読者層がどのようなものかわたしにはわからないが、これは混乱を避けるためにも説明をしておくべきだろう。
とはいえ、著者の紹介する農耕儀礼と生贄、その生肉の共食は、ハイヌヴェレ神話を思わせて興味深い。
日本におけるハイヌヴェレ神話の類話として、オホゲツヒメ神話が知られているが(ここにもスサノヲは登場する)、それとは全く別の形でこの古い神話が顔を覗かせることに深い感慨を覚えるのだ。