- Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
- / ISBN・EAN: 9784642083003
作品紹介・あらすじ
『新古今和歌集』を代表する歌人、西行(さいぎょう)と慈円(じえん)。西行の遁世に憧れつつも天台座主(てんだいざす)にまで登りつめた慈円。鎌倉中期に大寺院で仏教の諸宗を学びながらどの宗派にも属さず遁世者として生きた無住(むじゅう)。これらの僧侶を通して新しい日本仏教史を模索する。日本文化を外来文化と比較し、仏像の歴史的背景を探りながら、日本固有の文化とは何かを考える。
感想・レビュー・書評
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著者の講演などをもとにした、九編の論考を収録しています。
慈円の『愚管抄』の現代語訳を手がけた著者は、東京女子大学での最終講義「西行と慈円」をはじめとするいくつかの論考のなかで、慈円について触れています。「遁世」という生きかたを実践した西行と、「遁世」に心を惹かれつつも天台座主としての地位に就き、歴史の流れを見つめた慈円が対比されるとともに、両者をひとつの視野のもとに収めることで、中世という時代のありかたにせまろうとしています。
また著者は鎌倉仏教について、祖師たちの思想をそれぞれの宗派のうちで理解しようとする見かたを離れ、それぞれの祖師たちを鎌倉時代という背景のもとに置きもどして、その相互の位置関係をたしかめ、鎌倉仏教を俯瞰的に理解することの重要性を論じています。こうしたもくろみのもとで、著者は『沙石集』の著者である無住に着目し、彼との偏差を明らかにすることで、鎌倉仏教の祖師たちを位置づけることができるのではないかという見通しを語っています。
「あとがき」で著者は、「校正を進めながら、これは老人の回顧談になってしまうのではないかと思わないでもなかったが、振り返れば私が永年関心を持ってきた、文学から見た中世文化、日本独特の遁世者とその思想、宗派によらない日本仏教史の模索、外来文化と日本の基層信仰等々に触れており、これからの日本文化史にいささかのお役に立てればと考えた」と述べています。多くの論考が講演をもとにしているということもあり、個々の論点についてはそれほど突っ込んだ考察が展開されているわけではないのですが、とくに中世の文化史ないし思想史を大きな観点から把握するために有益なテーマが提示されているように思います。詳細をみるコメント0件をすべて表示