復興政策をめぐる《正》と《善》―震災復興の政治経済学を求めて① (早稲田大学ブックレット<「震災後」に考える>)

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  • Amazon.co.jp ・本 (100ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784657113078

作品紹介・あらすじ

被災者の「日常」を再建し、人々の権利・主体性を大切にしつつ、長期にわたる復興政策を正しくつくりあげるために不可欠の共通理解を探る。経済学・政治学をはじめ、現代の哲学・思想の原点に遡って徹底的に考える。

感想・レビュー・書評

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  • 某妻に貸してもらう。いろいろ考えるところあり。とくに第三章の規範理論の話は関心が共通するところが多かった。アレントの同情の話も参考になったが、近年の道徳心理学や社会心理学の話を持ち込むともっとおもしろくなった気がする。

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。
    通常の配架場所は、3階開架 請求記号:369.31//Sh69//8

  •  復興でアマゾンで検索して、購入。

     この早稲田大学ブックレットはあたりはずれが大きいが、これはあたり。

     いわゆる政治経済学者が、復興政策の見方について難しい言葉で論じている。「正義」ブームでこの手の本も読むが、法律学の用語の方がもっと簡単に整理していると思う。

     ただし、論点は大事なこと。

    (1)「不運」と「不正義」とのあいだには、恣意性があるかもしれないとしても、線引きをする努力を続けなければならない。(p64)

     不運とは、天災で誰にも違法性や過失がない場合で、不正義とは違法や過失がある場合と考えていいと思う。津波についても、想定外とか土木技術者はいっているが、本当に過失はなかったのか。貞観津波の事例が実はわかっていたのであれば、予測可能性はあったのではないか。ただし、海岸堤防の相手は自然公物なので、河川と同じく、過失があったとはいえないのか。

     いずれにしても、原発は人災、津波は天災といって、津波被害を本来防護すべき公物管理者が人ごとのように言っているのはおかしいと思う。もっと自責の念を持つべき。

    (2)一般にコントロールの及ばない不運によって生じる不利益に対しては補償がなされるべきだが、自分の選択の結果生じた結果生じた不利益は補償の対象にすべきではないという立場は、「運の平等論」や「運の平等主義」といわれる。

     自分で危険を生じて原発にちかづいた人には、補償がいらないという考え方。一理あるが、現在の判例では、せいぜい過失相殺するぐらいかな。でも大事な論点だと思う。

    (3)現在の社会科学においては、具体的な制度設計や現実的な政策決定を理解すること、そしてそれに専念することが適切な学術的態度だと思われている。しかし、それは誤った思いこみである。なぜ、そもそも制度をつくる必要があるのか、どういう制度を実施することが正しいのかを知ることなく、制度や政策を分析したり、評価したり、ましてや提言したりすることはできない。(p88)

     もっともだと思う。

     だけど、公共哲学って、大事なことを言っているのだけど、もっと易しく説明できないのかな。

  • 授業をとったことのある教授陣の執筆だったので、読んでみた。
    授業で習ったことを震災関連の文脈に応用されてて、学習へのモチベーションアップにつながった!
    特に河野さんの「復興を支援することは、なぜ正しいのか」は秀逸だった!

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著者プロフィール

序文
一橋大学名誉教授。1944年生まれ。著書に、『社会的選択の理論・序説』(東洋経済新報社)、『厚生経済学の基礎』(岩波書店)など多数。監訳に、ビンモア『正義のゲーム理論的基礎』(NTT出版)など。

「2016年 『見えざる手をこえて 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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