タイトルの「千里の志」は、新島襄が、日本を脱国しボストンに向かう途中の1865年3月に香港で詠んだ、次の漢詩からの引用である。
「男児志を決して千里に馳す 自ら苦辛を嘗(な)む あに家を思わんや 却って笑う春風雨を吹く夜 枕頭尚夢む故園の花」
幕末の日本において「切に国家の不振を憂へ、万一の力を竭(つくさ)ん」という動機に駆られて脱国。目指した先は、ピューリタンの伝統が色濃く残るアメリカ・ニューイングランドであった。
新島は、10年間の欧米での生活で、会衆派教会(ピルグリムファーザースを起源に持ち、アメリカ建国の礎となったプロテスタント宗派)系の学校での教育を受け、岩倉使節団の通訳として欧米の教育制度・施設を視察。牧師、準宣教師となって日本への帰国を控えたある日、アメリカ・バーモンド州の教会で感涙と共に訴える。「日本にキリスト教の大学を起こしたい」「日本を良心と自由があふれる国にしたい」と。本書口絵の「その農夫は、帰りの汽車賃を日本の未来に捧げた」は、そんな訴えの中でのエピソードである。
本書は、同志社大学で行った著者の講演録を中心に纏めたもの。新島が目指す教育--ひとりを相手、知徳並行主義、精神的教育、与える教育、自由教育など--(これらは、福沢諭吉の教育観とは対照的)や、自由の本質--真理・良心に従うことの重要性--などについて触れられており、新島襄の死後100年以上が経った今でも、まったく色褪せていない。むしろ今の教育にこそ広く求められていることを実感せずにはいられないのである。