- Amazon.co.jp ・本 (353ページ)
- / ISBN・EAN: 9784791762408
作品紹介・あらすじ
保守主義とラディカリズム、「あえて」とアイロニー、2ちゃんねるとSNS、弁証法と動物化、イデオロギーや世代の差異を越え、思想的課題を語りつくす。宮台真司、北田暁大、大澤真幸、鈴木謙介と東浩紀が、メタな理論とベタな現実の往復運動=批評を実践する、画期的鼎談集。
感想・レビュー・書評
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東読んでみよかな
宮台真司への発言が結構えぐい
でもきちんとした話だと思うから不快じゃない詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
図書館で借りた。
おもしろいと感じた部分だけコピーした -
日本の現代思想で目立っている人たちが語り合う本。掛け合いがすごく指摘的で、それぞれの著書よりもひょっとすると刺激的。
特に「アイロニカルな没入」(それがくだらないと相対性を持ちつつあえてコミットする態度)辺りの論点はかなり興味深かった。それはすなわち宮台氏のスタンスへの検討・批判でもあるわけであり、同時に僕らがどのようなスタンスで物事にコミットしていくべきかの示唆にもなっている。
個人的な印象としては、宗教的なコミュニティというものの強さというのはやはりあるわけで、そのへんを忌避しようとしているように見える宮台氏がやや自己矛盾的な態度に陥ってしまっているのは必然的なのかなと思う。
この本に出ているような話を、最近のコミュニティ論あたりと混じえて考えていくと次世代の方向性がなんとなく見いだせるような気がするので、そのへんを検討していきたい。 -
今の社会は、論理的必然性の敗北の上に成り立っていると思う。だからこそ
人は狂騒するし、ナショナリズムなどのイデオロギーの罠にもかかりやすいのだと思う。そこで必要なのは、論理的必然性ではなく。必然性を失い、叫び声をあげる人々の裡で蠢く論理の鎖を解くことにある。しかし、そういう現象の中で、一体どういうことが出来るのか。そういうところに、現代の批評、思想体系の分岐点があるのだと感じる。批評や思想が信じられないからこそ、人は安楽を求め、狂気に陥るのだから。 -
最近有名になってきている人の本なので気になった。
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高岸にもらった
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脱社会的存在は遺棄されねばならない
終わらないメタゲーム
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2007/9/9購入
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積読
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対談集。だいぶ前に読んだまま、忘れていた。大澤真幸氏との対談が読みたくて購入。『自由とは何か』の続編みたいな?