私たちはどこにいるのか?

  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (239ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791773619

作品紹介・あらすじ

コロナ時代に書き記された、抵抗の書
コロナ時代において、主権的権力はいかに〈例外状態〉を継続させようとしているのか。私たちにとっての自由や、安全の意味はいかなる変容を遂げているのか――。 発表されるやいなや世界中に議論を巻き起こした、アガンベンによるコロナ時代の格闘の軌跡。

感想・レビュー・書評

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  • フーコーやデリダと並んで、難解な現代思想の代表として、名前のあがるアガンベン。

    難しいのはフーコーでたくさん、という気持ちもあって、なんとなく避けていたアガンベンだが、コロナについての論考であるこの本を書店でパラパラとめくって、面白そうだったので、読んでみた。

    哲学的な本ではなくて、一般の読者にむけたエッセイという形なので、基本的には、そんなに苦労なく読める。(コロナに関して短期間で書かれた雑誌などへの投稿記事を集めたものなので、同じ話の繰り返しがかなりあるが、その分、アガンベンの基本的な主張を繰り返し、確認できる)

    今の「パンデミック」って、フーコーがいうところの生政治だな〜とか、規律権力だな〜とか、思っていて、フーコー が生きてたら、なんていうだろうなんて、妄想していたのだが、なるほどアガンベンは、「生政治」「生権力」につながる思想家だったわけね。

    フーコーの「生政治」は、すごく面白いなと思っているが、残念ながら、フーコーはその議論を十分に展開する前に、別のテーマ「主体」に関心が移ってしまった。そういうなかで、なるほど、アガンベンがその議論をさきに進めていたわけね。「生政治」は、アガンベンを読めばいいんだ。

    あと、私の好きなアーレント的なものがときどき顔を出すところもあって、なんだか、共感。

    さて、この本の主張は、「新型コロナ」によって、まさに「生政治」的なもの、全体主義に通じる例外状況の政治が展開されて、われわれが「剥き出しの生」になっちゃている、という話し。いわば、「延命」的なもの、医学的権力≒科学権力が、キリスト教や資本主義の権力に打ち勝ったということ。

    じゃあ、どうすればいいのかという処方箋を哲学者に求めてもしかたないことで、当然、そういう話しはでてこない。

    主として一年くらい前に書かれたもので、その後の情勢変化を踏まえれば具体的な記述には、間違っていたこともあるし、その主張には疑問や同意できないものもあるが、「今、私たちはどこにいるのか?」と問われれば、アガンベンの主張に相当程度同意せざるを得ないかな?

  • 難解な表現で知られるアガンベン。手にとっては断念し続けていたが、エッセイから読んでみることにした。
    近代は宗教と資本主義と科学の3つで規定され、科学が勝利していると。それがエピデミックの中でも強まったと批判的に考察している。読んでいる私がどこにいるのか?と迷子になりかける場面もあったが、自由の意味をとことん考えるきっかけになりそう。

  • 日本と違ってイタリアは厳しい行動制限を強いられたコロナ禍。その中でアガンベンだけはその状況を初期の頃から批判し続けていた。ひたすら抵抗していたのだ。その貴重な論考である。
    翻って日本はどうだったか?欧米各国ほどの厳しい制限はなかったものの、行政が暴走気味に権力を発動し、あくまでも「要請」という形によって生活様式そのものまでをも変えられてしまった。この異様な状況にもかかわらず、誰も異論を呈さない異様さ。異論は封殺される。何なんだこの国は?何故アガンベンのような言論が登場しなかったのか?これは日本の不幸でもある。

  • パンデミックは私達のあり方が本当にこれまででよかったか?と言うことを問いかける。
    旅行に行くのは良いのか?それよりも今住んでいるところを深く知る方が大事なのでは?

    権力が人を除外できると言う、特別化的なものが出来ることによって、主権となる。

    恐怖には対象があり、不安には対象が無い。
    恐怖は根源的なものである。

    健康が義務から権利へ。

    科学が、資本主義と宗教に勝利してしまった。

    議論の土台。どの立場でという理解。

  • ――――――――――――――――――――――――――――――
    人間たちはもはや何も信じていない――いかなる対価を払っても救済すべき、剥き出しの生物学的実存を除けば何も――というわけである。

    ひとたび緊急事態、ペストが終わったと宣明され、実際に終わったならば――、少なくとも最低限の明晰さを保っている者は、以前のような生きかたに戻ることはできないだろうと私は思う。

    これはもしかすると今日、最も絶望的なことかもしれない――かつて言われたように「希望をもはやもたぬ者のためにのみ希望は与えられた」としてもである。54
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    偽の論理はつねに同じ論理です。テロを前にして、自由を保護するために自由を抹消する必要があると断言されたのと同じように、いまは、生を保護するために生を宙吊りにする必要があると言われています。63
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    いたるところでデジタル諸装置が人々のあいだのあらゆる接触――あらゆる感染――の代わりとなるでしょう。68
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    善意からであれ悪意からであれ被ることを受け容れてしまったことはこの先、取り消すことができない。83
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    教会は、フランチェスコという名の教皇を戴いていながら、当のフランチェスコがレプラ病者たちを抱きしめていたということを忘れてしまった。教会は、慈悲のおこないの一つに病者を訪ねるということがあるのを忘れてしまった。教会は、信よりも生を犠牲にする用意がなければならないのだ、隣人を捨て去ることは信を捨て去ることを意味するのだという殉教者たちの教えを忘れてしまった。84
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    善を救うために善を放棄しなければならないとする規範など、自由を保護するために自由を放棄することを課す規範と同程度に偽のもの、同程度に矛盾したものである。86
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    じつのところ、人間たちが個人の自由を制限することに同意するということが起こるのは、メディアによって提供されるデータや意見をいかなる検証にも委ねることなく受け容れているからである。私たちは広告によって、真であると称さないだけになおのこと効果的に働きかける言説に以前から慣れてしまっている。110
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    虚偽であることを確かめる資料は揃っているのに。それでも信を寄せ続けるのはなぜか? 嘘が真として受け取られるのはまさに、広告同様、自らの虚偽を隠すことに専心しないからだというわけである。

    人間たちにできるのはいまや、嘘の運動――現実であるがゆえに真である運動――を黙って観察していることだけである。だから、こあの運動を止めるには、真の言葉という最も貴重な善を妥協なしに探し求める勇気を各人がもたなければならない。113
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    残るのは「社会的距離確保」でしょう。この特異な言いまわしについて省察すべきです。

    それは「物理的距離確保」や「個人的距離確保」と呼ばれるほうが正常だったでしょうが、そうではなく「社会的距離確保」と言っている。これが新たな社会組織パラダイムだということ、つまり本質的に政治的な装置だということをこれ以上はっきりと表現することはできないでしょう。

    もちろん、距離確保は難なく実現されえた。というのも、それはすでに何らかのしかたで存在していたからです。144
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    バイオセキュリティというパラダイムによって、いまや市民権という観念は完全に変化してしまい、市民はあらゆるタイプの管理、制御、嫌疑を掛けられる受動的対象となりました。

    市民は難民という対象に、ほとんど見まがうほどに近づく。難民はいまや、市民の身体自体の内部にあるものとなりました。154
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    エピデミックに対して全体主義国家がモデルとして引用されうるということが示しているのは、人々がいかに政治的に無責任な点にまで達しうるかということです。158

    まずいのは、民主主義か専制かどちらかを選べという二者択一を立てているところです。

    今日私たちがヨーロッパにおいて、ますます専制的な制御形式を取るようになっていく民主主義に生きているのか、それとも民主主義の仮面をかぶった全体主義国家に生きているのかを見抜くことは困難です。159
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    じつのところ、しかじかの価値が規定されるごとに、無価値も必然的に措定される。健康保護には、疾病へと通じうるあらゆるものの排除・除去という別の顔がある。国家が市民の健康管理を計画的に引き受けた立法の最初の例がナチの優生法だったということについて、私たちは注意深く省察すべきだろう。185
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    恐怖の本質的性格は無力への意思である。それはつまり、恐怖をもたらす事物に対して「無力でありたいという欲」である。

    恐怖は構成上、セキュリティ不全への意思、つまり「セキュリティ不全でありたいという欲」である。213

    恐怖が根源的性格をもつ以上、それと同じだけ根源的な次元に達することができてはじめて恐怖に片をつけることができるだろう。そのような次元は存在する。それは他ならぬ、世界への開かれのことである。214
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    この小さな本で一貫して批判されているのは主権的権力の新たな権力行使のパターンに他ならないということである。その権力行使のパターンは、例外状態のなし崩し的な引き延ばしによって特徴づけられる。

    「制度的諸権力は[…]正統性の喪失を、ただ永続的な緊急事態の生産によってのみ、またそれによって産出されるセキュリティへの欲求によってのみ堰き止めることができた」とあるのが、その事態を刺す。その他はすべて付随的な論点だと極言することも不可能ではないだろう。226
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    主権的権力とは主権者が法によって行使する権力のことだが、それはカール・シュミットの議論を借りて、「例外に関して決定する」権力と定義される。

    主権者は法権利から外れるものの何たるかを決定する権力を備えている。この権力は自らの威の及ぶところ(法権利)を任意に退却させ、その結果として一種の無主地(主権者の法権利の及ばない地帯)に置かれることになったものに対しては事実上、あらゆる暴力は行使されうる。

    その典型例として、アガンベンは古代ローマのホモ・サケル(聖なる人間)という形象を挙げている。ある種の違反を犯した者は通常の司法による制裁を受けず、「ホモ・サケルであれ」と宣告される。その者は処罰されないが、任意の者に殺害されても殺人罪が構成されない。

    このような存在を生産することを例外化ないし締め出しという。主権的権力はこの例外化によって定義づけられるというのがアガンベンの立場である。228

    近代の人民主権においても、主権的権力が存在する以上は例外化は作動し続けている。ホモ・サケルは人民自体の中に生産されることになる。

    主権的権力はやはり法権利を任意に退却させ、それによって剥き出しとなった生命に対してはありとあらゆる暴力的介入が事実上可能になる。229
    ――――――――――――――――――――――――――――――

  • 2021年10月読了。

  • 【琉球大学附属図書館OPACリンク】
    https://opac.lib.u-ryukyu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC05587404

  • 20世紀の良心、アガンベン。コロナ禍でこの発想を世界に主張し続けているのはまさにそうだと思う。一方で、オンラインや映像の上で人と人との絆をどう紡いでいくかを問わなければいけないのが21世紀だし、実は映画研究は20世紀を通じてそれを行ってきた、と師匠の言葉に納得させられた。

  • コロナ禍の中で主権的権力が感染防止対策を名目とした規制「例外状態」を継続させようとしている。それへの抵抗の書籍である。しかし、テレワークやオンライン会議などNew Normalの生活が個人の選択肢を増やす面もあるのではないか。前世紀的な対面コミュニケーション至上主義で思考停止していないか。

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著者プロフィール

1942年生まれ。哲学者。マチェラータ大学、ヴェローナ大学、ヴェネツィア建築大学で教えた後、現在、ズヴィッツェラ・イタリアーナ大学メンドリジオ建築アカデミーで教鞭をとる。『ホモ・サケル』(以文社)、『例外状態』(未來社)、『スタシス』『王国と栄光』(共に青土社)、『アウシュヴィッツの残りのもの』(月曜社)、『いと高き貧しさ』『身体の使用』(共にみすず書房)など、著書多数。

「2019年 『オプス・デイ 任務の考古学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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