マーヴェラス・キス 1 (マッグガーデンコミック avarusシリーズ)
- マッグガーデン (2020年4月15日発売)
- Amazon.co.jp ・マンガ
- / ISBN・EAN: 9784800009616
感想・レビュー・書評
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男女の扉をこじ開けろ、「素晴らしきキス」がやってきた。
狡兎死して走狗烹らる――という物騒な言葉があります。
かつての大戦で大いに功を立て人々から羨望のまなざしで見つめられた「魔女」たち。
彼女たちは平和な現代では迫害を受けるということもなく――、かといって別に日常に溶け込んでいるということもなく、大体は自分たちの世界でコミュニティーを作って暮らしているようです。
さっそくレビュー冒頭の言葉を撤回しますね。本作は、作中の言葉を借りればいい悪い以前になんか「雑」な扱いを受けている魔女を主人公に据えた物語です。
そんなわけで。
自分なりのラブを目指して、魔女の世界から無鉄砲に飛び出したひとりの魔女の少年「ノア」。
とりあえず道行く淑女たちに愛を叫ぶもそう実るわけもなく気落ちしたところで、愛の告白をすげなく断る少年「マティス」に気を取られて木落ちします。ついでに溺れます(ベタ)。
で、溺れかけたところ男同士のキスで助けられて、と思いきや蓋を開けてみれば男女のキスへ絵面が移行します。
と、ここで本作のメインプロットである「TS(性転換)」に絡めて解説させていただきますね。
今作における魔女とは成人までは性別が固定されず、「キス」に従って男性から女性に女性から男性に、と性別がシフトする超常の種族です。
『らんま1/2』を筆頭に先行する有名作品を挙げて論を流すこともできますが、あえて語らせていただきます。
一方、思春期ないし第二次性徴期などがやってくる少年時代・少女期の不安定な心理と併せた身体の変化ということで「少女漫画」というおおまかな区分においても「性の分化」という着眼をぶつけた名作は多いのですね。
雑な言い方で申し訳ありませんが、「萩尾望都」先生の作品で見知っておられる方も多いのでは。
時に、この作品はドタバタ路線の「ラブコメディ」に分類されるわけで、ムードとしてはロマン、もしくはラテン、地中海的と言うべきか能天気なノリでお送りするわけです。
けれど、男と女の性別を行き来する中で自分の在り方を見つめていこうというプロットは先人に共通しますね。
ビジュアル一義のみの作品でも良さはありますが、主人公のメンタルに踏み込む兆しは見えています。
劇的な絵面の変化を見せる意味なら「少年漫画」的ですし、男女ならびに自身の最終的な性別にこだわりすぎずにパートナーを選んでいこうという姿勢は「現代的」といえます。
近年の同ジャンル作品を読む限りでもかなりの数が現れているように思えます、よろこばしいことですね。
あと、この巻でスポットが当てられているのが男女兼役の主人公「ノア」と、その彼(女)に弟子入りを勝手に申し出られた前述の鉄面皮かつ非社交的な「マティス」の関係性なわけです。
この辺は一応押しかけ女房ものの変種になるのでしょうが、一巻はまさしく地盤固めというか基本の巻ですね。
なんにせよ、女姿でも変わらないノアがラテンなノリで女の子たちにアプローチをかける中、対するマティスはそっけない対応に終始しつつ、作品を動かすトリガーである「キス」には嫌々ながら乗ってくれます。
唯一のツッコミ役という意味でも貴重ですね。
話を早く・わかりやすくする理解者枠がマティスの父(ダンディなおじさま理事長)ってのもコミカルの導線という意味で重要ですね。男女共学と言いつつ男子と女子に完全に分割された学校というギミックを採用したこともノアの二重生活を演出する上でパンチが効いた要素として働いているかと。
それと、この漫画なんですが、結構モブキャラもいい仕事をしてくれてます。
女の子に飢えた男子生徒たちはアホです。なら女子生徒たちはどうかといえばマティスへの恋に盲目というかやっぱりアホです。で、肝心の主人公はといえば先の言及でもわかる通り、輪にかけてアホです。
男女問わず現状では群衆で動いているんですが、意外とキャラが立っている子もいますし、主人公に向けられる/主人公が向ける視線を独り占めにされていることに対し嫉妬の炎を燃やすとしても醜くは見えません。
例外の変人も、目立った子もちょっとしたサブキャラに育ってくれればうれしいなというのは作者の「あず真矢」先生の言及の後追いではありますが同意します。実際、設定は作っているそうなので期待したいですね。
また、ノアは周囲に対して「褒め」と「上げ」で接してくるタイプの主人公なので読んでいて楽しいのですよ。
それに絆される周囲も基本「悪意」を空回りさせたり「下心」を高速回転させたりで、いい方向にコミカルに話を向かわせているのが、地味ながら最重要の評価点であるように感じられました。
男姿だろうと女姿だろうと、主人公は体だけでっかくなった大型犬が子犬のテンションでじゃれついてくるようなノリで読者と作中人物を振り回してくれます。素敵に好感度を稼いでくれますね。
野放図に愛を叫ぶ冒頭からわかるように、男姿だろうと恋に恋してる感じがまるわかりなのも大きい。男女どちらの姿を問わずに彼(女)の成長をいとおしく思え、見守っていけるように思えました。
主人公のデザインも男の仕草を引きずっているためか、大股開き当たり前で蓮っ葉な「オレ口調」。
自分に自信があるのか、それともナルシスなところがあるのか、着せ替えにもしっかり付き合ってくれますし、やはり性転換に伴って現れる前面が開帳しちゃってる男物のシャツ姿はいいものですねっと。
なお、ノアの二つ名が「飛空」である通り、淑女にあるまじきダイナミックな動きがこのタイプの主人公にもみられる属性――王道の「巨乳」を引き立てますし、第一話からして素晴らしいアングルが続出するのでレーベルからすれば男性読者が多めなのも納得です。
これだけ魅力的に描いてしまったところで、偶発的なハプニングによって男姿に戻ってしまってはやどうなると思ってしまいましたが、ちゃんとコミカルな流れに乗せることで、読者にページを閉じさせませんでした。
「恥」に感じさせずに新展開を運んでくれたところにも巧みを感じましたね。
男姿だろうと、一応生活地盤は崩れなかったってのが安心ポイントだったりするとかなんとか。
さて、ノアの将来の性別を占ううえでふたりのキャラが提示されたところで一巻は気になる引きのようですよ。
まぁ、このままなし崩しにマティスに男としての牙城を崩されてもそれはそれで面白そうですが、もっと面白いものが見られるならそれはそれで。
つまりは、何気なくキスをしたことでノアの性別のスイッチを押してしまった魔女愛好家で潔癖な少女「ウラ」との関係性がどう落ち着くのか?
あと見るからにヤバい、魔女世界での婚約者がどう動くか? シナリオの起りに続く続きには十全のようですね。
ちなみにこの漫画。
タイトルで「キス」が置かれている通り、一話ごとに主人公が必ず誰かと「キス」をするというテーマが置かれているようです。ドキドキの演出で読者の胸に高鳴りを伝播させるか、それともピンチを演出するか。
総じて、先が読めるようで読めない物語の両極性が男女の両性に象徴される形で現れたように思えます。
誰とくっつくかという恋愛軸もそうなんですが、主人公の性別という軸がきちんと働いているから、「TSF」という看板に惹かれてやってきた読者に納得を与えてくれた、これは大きいと思いました。
その上でちゃんと軽快に笑わせて、巧みにえぐみを除いている手管も素晴らしいと思うわけで。
「ウィッチ(witch)」という言葉に、現代でこそ薄れましたが狭義でいう「魔女」だけでなく、「男の魔法使い」という意味も含まれていたと踏まえれば、きちんと連想として働いているように思えて趣深いです。
もっとも、本作で「魔女」に当てられたルビは「ストレガ(strega)」というイタリア語なわけですが、その辺はラテンでポップなこの作品に宛がうには必然と思えてなおよいですね。
軽快なラブが、ちょっぴり淫靡なキスがやってくるので、元気になりたい読者の方にぜひおススメしたいところ。
とはいえ、主人公の性別がどこに向かうかによって客層が変わってきそうですが、掘り下げには十分な舞台と恋のお相手を用意しているように感じました。
軽快なテンポに乗ったことで、恋愛と男女というふたつの軸がどう交差しようがきっと納得できると思います。詳細をみるコメント0件をすべて表示