- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784801007512
感想・レビュー・書評
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20世紀スペイン語圏を代表するチリ人作家、ホセ・ドノソの短篇集。
『夜のみだらな鳥』はいつか読みたいと思いつつ、おいそれと手がでないボリューム感なので、短篇からドノソという作家に近づくことができる一冊がでてありがたい。
開幕の「休暇」は、リゾートで父の不倫相手の息子と親しくなる少年の話なのだが、それをチャイルドシッターたちの噂話を起点に語り始めるのが、この短篇集全体における語り手と語りの対象との距離感を表していると思う。この「休暇」も、土地の神話に少年が取り込まれていく「シロンボ」も、肥満男が魔法のようなステップを踏んで絶命する「チャールストン」も、作中では不気味でマジカルな瞬間がおとずれているのだが、語り手は行動の主体ではなくあくまで観察者であり、陶酔から切り離されている。
この徹底した観察者視点が最高に効果的なのが、弟二人と甥の面倒を見るきわめて実務的な独身中年女性と野良犬との出会いを描いた「散歩」だ。本人も自信作だったらしいけど、私もこれが一番好き。前半で語り手の「私」が吐露する「マティルデ叔母」へのバイアスが強固なほど、雌犬と一緒に笑顔になって消えていったマティルデの背中に大きな拍手をおくりたい気持ちが高まる。他の作品での女性の描き方と比較して、もしかするとこのマティルデは作者の思惑からすらもするりと自由になってしまったキャラクターなんじゃないかと思ってしまう。中年版「エレンディラ」(ガルシア=マルケス)みたいな。「私」には窺い知れないマティルデと犬とのパートナーシップもよくて、先月読んだレベッカ・ブラウンの『犬たち』と対照的なのが面白かった。
逆に、主人公の心情もこまやかに描かれるのが表題作「閉ざされた扉」や「盛大なお祝い」、「サンセリテス」だが、やはり陶酔感はない。「閉ざされた扉」は、寝たいと思えばいつでもどこでも寝れる異能の男が、文字通り夢の世界にいくためひたすら眠るという幻想小説的なプロットだが、夢の詳細が語られることはなく、主人公が孤立していく様子ばかり描写され、コント風のオチが来る。「サンセリテス」は、獰猛な獣の絵に取り憑かれていく過程は気持ち悪くてよかったけど、最終的な狂気に陥るときに少女がでてきてしまうのは弱いと思った。一方「盛大なお祝い」は、軽いタッチながら主人公が抱えるさまざまなコンプレックスを次から次へと描写してきてウワッとなるが、本当に上手い。読んでて「こんな話書かないでよぉ!」と思ったけど、チリにもこういう人いるんだ、とどこか落ち着く気持ちもある(笑)。