遊びある真剣、真剣な遊び、私の人生 解題:美学としてのグリッドシステム

  • ビー・エヌ・エヌ新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784802511032

作品紹介・あらすじ

20世紀を代表するグラフィックデザイナー、
ヨーゼフ・ミューラー=ブロックマンの肉声と
豊富な作品例からモダンデザインを改めて捉え直す

ヨーゼフ・ミューラー=ブロックマンは、スイス派を代表する
デザイナーの1人であるとともに、ポール・ランド(アメリカ)、
ブルーノ・ムナーリ(イタリア)らと並び称される20世紀、
戦後を代表するデザイナーの1人である。
彼が残した数々のポスターやCI/VI、ブックデザインなどの
グラフィックデザインの各領域での実作、
そして今なお版を重ねつづける『グリッド・システム』(1981年)や
『グラフィックアーティストのデザイン問題』(1961年)、
『ビジュアルコミュニケーションの歴史』(1971年)、
彼の妻であった日本人の吉川静子との共著
『ポスターの歴史』(1971年)をはじめとする著作の数々のほか、
1958年から65年にかけて3人の仲間とともに編集制作し、
スイス派の存在を世界に知らしめた国際デザイン誌
『ノイエ・グラーフィク』、世界各国で行った講演活動。
学科長を務めて教育にあたったチューリッヒ造形学校をはじめ、
ウルム造形大学や大阪芸術大学などでの世界各国での教育活動など、
その<実作><著作><教育>にわたる業績の数々によって、
ミューラー゠ブロックマンは、第2次世界大戦後の
グラフィックデザインの方向性を指し示す歴史的役割を果たした。

本書では、ミューラー=ブロックマンが、時代時代において
どのようにデザインを考えていたのかが率直に語られており、
貴重な肉声になっている。
また、デザイン史家の佐賀一郎(多摩美術大学)による
解題「グリッドシステムの美学」では、俯瞰した
デザイン史の中での功績を考察。
これまであまり知られていなかった妻の吉川静子と
日本との関わりも触れていく。
ミューラー=ブロックマンがグリッドシステムを志向した背景、
グリッドシステムの技術解説及び日本語組版での試み、なども掲載予定。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦以降のグラフィックデザインの基礎といえるグリッドシステムを定義し、一般化したスイスを代表するグラフィックデザイナーの自伝。つまりモダンデザインの守破離の「守」を定義した人。奥さまは具体美術作家の吉川静子氏。この人の絵がまた、すごくいい。

     美術手帖|幾何学的法則で紡ぐ詩的な純粋さと軽快さ。吉川静子が約30年ぶりに日本で個展を開催
     https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/12963

    本書中で印象に残ったのは、二十歳そこそこの若きブロックマン青年が、その後の人生を生きていく指針を心に留めるシーン。おこがましいけれど、心持ちだけはだいたい同じように生きてきたつもりだが……。

    やはりなにかを為そうとすれば、決めて、通すということが必要だと思う(これが、本当に難しい)。遠く昔に胸に刻んだバックミンスター・フラーの自己規律を思い出した。人類への奉仕……とてつもない話だが、本当にそうやって生きた人がいた、というお話。

     YouTube|04 バックミンスター. フラー 第4章 自己規律.mp4
     https://www.youtube.com/watch?v=__7AcsaDDE4

    ----------(以下、引用)-----------

    「当時私は自分の将来についてのイメージをなにももっていなかった。ただ、自分の職業上のキャリアが自らの気力と自己批判、規律、学ぶことへの意識によって左右されるであろうことはわかっていた。そこで、今後の人生において拠りどころにすべき指針を立てることを決意した。それはこういうものである。ーー30歳までは自分の造形的な才能を探し出すため、写実的なデッサンからシュルレアリスティックな絵画まで、できるだけ幅広く表現を探求する。30歳から35歳までは自分の道を見定めることに尽力する。それから40歳になるまではその道を広げ、深めることに全精力を注ぐ。私はデザイナーや建築家、画家、彫刻家、写真家、作曲家ら多くの先人たちの例から、40歳以降はもはや創造的能力は育たないと確信していた。

    この時、私は以降の人生を首尾一貫して決定づける基本方針をとり決めた:

    1. ひとりであること。結局、全ては自分の気力や思考力、自己批判にかかっている。

    2. 教養を身につけること。自分の生きている世界や社会、建築、新しく生まれつつある諸芸術・演劇・音楽・科学・研究に興味を持つこと。原則として自分の知らないすべてのことに興味を持つこと。

    3. 周囲の環境を批判的に心に留めること。自分の気に入らないことすべてをより良い可能性に置き換えるよう試みること。

    4. 20世紀を意識すること。芸術・社会・科学の領域で、今世紀に生み出されたものを心に留めること。また、手本とすべき人びとが達成した価値あるものを認識し、尊重すること。

    5. 職業や人間関係の失望を受け入れ、その原因を探ること。客観的な自己批判の姿勢を保つこと。自己批判こそが、良いときも悪いときも最良の友人である。

    6. 自分の仕事に向けられた賛辞や成果が、客観的に見て正当なものか冷静に検証すること。自分の成果を手本とすべき人々の業績と比較して捉えること。

    7. どのような批判も肯定的に受け止めること。そうすれば以前にはわからなかった間違いに気づくことができる。いわれのない批判もまた有益である。他人の思考のありようを教えてくれるから」

    -----

    「私は関わりたくない製品と理念のリストを作成した。このリストにはタバコ製品、アルコール製品、戦争関連のおもちゃ、軍事機関、土地や家屋投機、政党などが含まれる。私は今日まで、このリストを破ったことは一度としてない」

    -----

    「感情というものは、人間は十分にもっています。ことにデザイナーになろうという人で、感情をもたないものはいないでしょう。だから、グラフィックデザイナーに必要なのは、インテリジェンスです。それを私は訓練させたいですね。[……]学校に指名というのは感情と同時に、考え方、態度をひっくるめ他ものを、養わせなければいけないんで、それはある特的な作業過程を経て助長されるものだと思います。プロパガンダ[広告の意]の仕事がいいか悪いか、考え方がきめるので、考え方というものは、その作者と結びつき一体にならなければならないものです。まずそれを養うことですね」

  • グリッドシステムで知られるミューラー=ブロックマンの自伝。作品集と改題も理解を助ける。1914年生、1996年没。20世紀を全うしたデザイナーの自伝は、歴史的なヨーロッパのモダンデザインの黎明期と、現代の日本のデザイン状況を直接地続きにつなぎ合わせるものとして読める。
    「学生はそれぞれの資質にしたがって成長すべきである」と彼は言う。デザイン教育者として、その末席にある者として胸に刻みたい一言だ。

  • 記録

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