- Amazon.co.jp ・本 (672ページ)
- / ISBN・EAN: 9784805110942
作品紹介・あらすじ
1996年の逝去した国際政治学者・高坂正堯が残した時評集を集成。中国、米国、国際社会、そして日本政治や外交に向けられた鋭い視線は、21世紀の日本を見通すかのような寸鉄が散りばめられている。
感想・レビュー・書評
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1996年に亡くなった国際政治学者高坂正堯の三冊の時評集の合本復刊である。執筆時期は1977〜1995年だが、時評というものはその性質上5年も経てば無価値になるのが普通で、これだけの時を経ての復刊は異例だ。高坂の懐の深さを示すものだろう。「時代の終わり」とは東西冷戦の終焉を意味し、「長い始まり」にはポスト冷戦期の国際秩序が直面する多くの課題が暗示されている。高坂の晩年はまさに歴史の転換点であったが、刻々と変化する事象を分析するのに高坂が拠り所としたのは、熱狂とは無縁の常識であり、歴史の教訓である。
それはしばしば批判されるように過去に囚われた現状追認では必ずしもない。冷徹なリアリズムを基本に据えながらも、高坂は政治を動かすのは結局人間であるとみていたように思うし、最後はその人間への信頼と希望を失わなかった。人間は愚かで過ちを繰り返すが、過去の失敗から学ぶことができる。ペシミズムと背中合わせのオプティミズム、或いはリアリズムに支えられたイデアリズムと言ってもいい。
もちろん高坂の「読み」が的中したこともあれば外れたこともある。高坂も「人間の行為は歴史的に見て、まったく同じことが繰り返されることはないが、逆に、まったく新しいこともない」と言っている。何が「同じ」で何が「新しい」かを見極めるのは我々自身である。歴史に学びつつ時代の最先端で格闘した高坂の軌跡を辿ることは、それ自体が歴史を学ぶことであり、歴史の限界を知ることでもある。それは国際政治を学ぶ全ての人にとって、得難く、かつ刺激的な知的トレーニングとなるはずだ。
原本の二冊目(1985〜1990)は評者の大学生時代にほぼ重なる。ベルリンの壁崩壊や天安門事件を報じるニュースを固唾を飲んで観たのを鮮明に覚えているが、翌週の講義や「サンデー・プロジェクト」で高坂さんがどんなコメントをするのか楽しみだった。一冊目(1977〜1985)は中高生であり、同時代史として国際問題を考えるにはあまりに未熟だったし、高坂さんの名前すら知らなかった。ソ連のアフガニスタン侵攻を契機に冷戦が最後の「あだ花」を咲かせた時代であり、冷戦終結後は歴史として振り返られることも少ないように思うが、そのため評者には逆に新鮮に感じられた。
高坂は短いエッセイの中にも実に含蓄深い「粋な」文章を散りばめる箴言の名手であった。印象的なものを幾つか挙げておく。
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破局の可能性を減らすことは、たしかに文明的である。しかし、人間の不完全性を考えるとき、破局の可能性がはっきりしている方が、人間の自制を生みやすいことも残念ながら事実である。(1987.12)
我々の寛容は無関心に近い態度でもあるので、無原則になりやすい。少なくとも、激しい対立を経た後に獲得した寛容ではない。それではやって行けないのがこれからの世界である。(1990.11)
戦争の可能性が遠ざかった後、外交が始まる。そして、外交においては軍事は極めて重要で、しばしば決定的なカードなのである。(1990.12)
国は戦争に敗れても滅びはしないが、内面的腐敗によって滅びる。・・・人間社会は、秩序を守るために力を用いる覚悟と、最悪の場合にはそれを使うことによって保たれうるのだし、それによって人間は人間たりうる。・・・そうした真実を直視せず、悩みもせず決断もしないで暮らすとき、人間は必ず腐敗する。(1991.3)
力は権威を伴って初めて有効である。(1993.7)
日米関係の打開は「ノー」を含むものでなくてはならない。しかし、アメリカ抜きの世界秩序もアジア・太平洋圏も考えられない。・・・だから、日本は「ノー」と言うとき、その何倍も「こうしよう」と提案しなくてはならない。(1994.4)
平和はきれいごとを言うことによって作られはしない。覚悟もなしにきれいごとを言うことは、現実の改善にとってむしろ妨げになる。(1994.9)
およそ全ての行事は原色と騒音によって特徴づけられる。そこでは、弱さと強さ、愚かさと賢明さが入り交じった人間像はまず描かれない。・・・戦後五十年といった行事の年は、反省には不向きな年であるように思われる。そうした作業は五十一年目から静かに、目立たない形で始まるのだろう。(1995.3)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
高坂正堯没後20年。
今なお燦然と輝きを放つ
比類なき洞察。
講座後継者である中西寛京都大学教授による「復刊にあたって」、そして現在最も積極的に国際政治について発言している細谷雄一慶應義塾大学教授による「解題」は必読。