土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話

  • 築地書館
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784806715672

作品紹介・あらすじ

ベストセラー『土と内臓』『土の文明史』に続く、土の再生論。

「土」をどのように扱えば、世界中の農業が持続可能で、
農民が富み、温暖化対策になるのか。
アフリカやアメリカの不耕起栽培や輪作・混作、有畜農業から、
日本の保全型農業、ボカシや下肥の利用まで、
農民や研究者の先進的な取り組みを、
古代ローマに始まる歴史をひもときながら、
世界から飢餓をなくせる、輝かしい未来を語る。

感想・レビュー・書評

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  • 環境保全型農業という農法を未だ知らない全ての農業従事者並びに、農業大学校、農学部で是非読んでほしい、読まなければならない一冊。

    もちろん、農家だけでなく、そういうものが環境への影響を減らすのだということを知るためにも消費者の方には飛ばし読みでもいいので目を通して頂きたいと感じた。

    この本を通して、農業は頭で考えて実行できる部分もあるけれど、やはり愚者の職業で、経験しながら学びながら、行わなければならないものの一つであることを再確認した。

  • ■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
    【書籍】
    https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1001134474

  • 結論からいえば、今年から自分の耕作地はすべて不耕起でいってみよう思っている。移住から7年、現在の居住地に定着してから4年が過ぎたが、これまでの経験から、著者のいう三原則①土壌の撹乱を最小限にする、②被覆作物(あるいは”雑草”)で土壌を常に覆う、③多様な輪作の導入すれば、十分に農作物の収穫が可能な生物的肥沃さ(有機物の分解/代謝能力の高さ)が備わる潜在能力が、この中山間地の大地にはある、と今では確信している。

    いずれにせよ世界の炭素排出量の15%を占めるといわれる農業において、地域の有機資源を最大限利用して化成肥料に代替し、耕起を最小限にして化石燃料の消費を抑える低投入型の営農スタイルの確立は必須である(いわゆる「環境保全型農業」ともいうか)。

    ただし、大事なのは「不耕起でなければならない」のではなく「不耕起でも同様の収穫が見込める」ということを証明してみせること。もちろん痩せた土地であっても耕起によって物理性を改善し、無機肥料の施用によって十分な収穫量を上げることはできるだろう。そこで、生物学的な肥沃さを持った土地であれば、低投入型で同様の収量を見込めるとしたら?

    ホップ栽培に関していえば、多年草であるということもあって、基本的には不耕起、被覆植物によるマルチ+堆肥投入のみで栽培ができている。適当な排水ができれば、有機物の代謝のサイクルは十分に回すことができる感じている。

    ユストゥス・フォン・リービッヒからアルバート・ハワード、そして福岡正信と山下一穂、さらにゲイブ・ブラウン「土を育てる(2022, NHK出版)」まで。先人たちの経験値と現場観察から導かれた知見が、見事に重なって見えてきている。
    あとの成否は自分の観察眼と管理技術を磨くこと。失敗しても、やめるまでは失敗ではない。持続可能な農村コミュニティのために。今年もまた、農繁期を前に一層わくわくしてきた。良い本でした。

  • 素晴らしい本。アメリカで環境保全型農業が生まれているとは。三原則は、①土壌の撹乱を最小限にする、②被覆作物を栽培するか残渣を残して土壌が常に覆われているようにする、③多様な作物を輪作する、だそうだ。

    エネルギー作物の単一植生が嫌がられるという話がドイツであったが、この話と合致する。

    また、カーボン・ファーミングなどの話もあながち間違いではないということが分かった。問題は、そんなことを知っているのはごく限られた人間である、ということか。

    また、アメリカないしは西欧向けに書かれれているので、日本の場合をどう考えればいいのか、専門家の意見を聞いてみたいと思った。

    買って手元においておいてもよいかもしれない。

  • 不耕起栽培で農業の持続可能性を高める。

  • 犁(すき)が破壊力をもった発明品なのだという。農耕を始めた人類が犁を使って田畑を耕すことで、少数の人が多数を養うことができるようになった。
    そして、土にとっても犁の破壊力は絶大だ。
    植物に覆われていない地面は、新しく土壌を作る要素がない。そして耕された土は、雨や風で容易に流されて、吹き飛ばされていく。

    土を肥やす!ことが持続可能な環境保全型農業につながるという。
    三つの原則は、とても単純。

    1.土壌の撹乱を最小限にする
    2.被覆作物あるいは作物残渣で常に土を覆う
    3.多様な作物を輪作する

    この三原則に従うことで、土が肥沃になり、その上雑草が生えてくるのも抑えられるらしい。

    で、最後の方でアジアの昔の農業にスポットが当てられる。有機物(ヒトや動物の屎尿)を土に戻すことで土の中の炭素が増え、その結果として無機物を植物が取り込める形に変える土中の生物が増えていく。そして多様な作物を栽培することで、さまざまな生き物が集まるので、害虫の心配も減るのだとか。

    作物の多様性だけでなく、土の中や畑の環境の多様性も大切。

    農業従事者も、土を耕すことをしないので農機を使う回数が減る。
    土が肥沃になることで化学肥料を施肥する量が減る。
    被覆作物があるため雑草が生えないので除草剤も減る。色々な生き物が増えることで害虫が減るので、殺虫剤や除菌剤も撒かずに済むようになるので、いろんな費用が削減できて、時間的な余裕もできる。

    なんだかいいことづくめな話なのに、なんでやれないのか?
    100億人を養い続けるには、今までと同じことをしてたらダメなんだと思うんだよな。

  • 東京大学農学生命科学図書館の所蔵情報
    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003445286

  • このまま慣行農法を続ければ土壌の劣化は進む、と地質学者の著者は指摘する。土壌肥沃度を回復した農家たちは口を揃えて言う。環境保全型農業を取り入れることで土壌の肥沃度が増す。さらに化学肥料などへの出費を抑え、収穫増も期待できると。雨にうたれた土は川へ流れ、やがて海へ運ばれる。土から流れ出た化学物質はサンゴを全滅させ、漁業は衰退する。

    土壌の侵食と文明の崩壊は密接な関係がある。これは著者の前作『土の文明史』に詳しい。侵食された土砂が堆積する下流では文明が栄えたそうだ。

    天才投資家W・バフェットの息子で農家のH・G・バフェットをご存知だろうか。土壌肥沃度を増進し、それによって農家が農業用化学製品の必要量と出費を減らせる方法を、彼は「茶色の革命」と名付けた。彼は慈善活動家でもあり、バフェットの財団は米国の不耕起農業研究センターと公開農場の設立を援助している。

    “わたしたちが土地をどう扱うかは、土地がわたしたちの子孫をどう扱うかに直結する”のだ。わたしたちは、農地土壌の劣化を止めるために何ができるか今一度考えてみなければならない。

    p13
    私たちはすでに、少なくとも世界の耕作地の三分の一を劣化させてしまった。

    p28
    土壌の劣化と有機物の損失は、現在人類が直面する環境危機の中でももっとも過小評価されているものだ。

    p29
    あらゆる革命がそうであるように、それは強大な既得権益と因習的な思考からの抵抗に遭っている。

    p41
    荒廃した農地を耕作する農家は、カルシウム、リン、又はカリウムを加えてやることで、祖父の代からこちら見たこともないようなレベルまで収穫を回復できることを知った。

    p46
    植物は太陽エネルギーを利用して、空気中の二酸化炭素と水に由来する水素を合成し、炭水化物(糖)を作る。また窒素を、特殊な根粒に棲む窒素固定細菌の力を借りて間接的に空気から得るか、根から吸収する硝酸塩から得る。植物が体を作るために必要とするその他の要素は、岩と腐敗した有機物からもたらされる。菌根菌と土壌微生物は、土粒子や岩の破片から無機栄養素を抽出し、植物が根から吸い上げられらように有機物を分解して水溶性の養分にまで戻すのを助ける。
    だが根はただのストローではない。それは双方向の道路であり、慎重に処理され、調整されたやり取りが行われている。植物は土壌中に、みずから作ったら炭素を豊富に含むさまざまな分子を放出する。それは光合成による生産物の三分の一以上を占めることもある。こうした滲出液は主に、土壌微生物には魅力的な餌となるタンパク質と炭水化物(糖)でできている。このようにして植物の根は、土壌から(つまり岩の破片の結晶構造や有機物から)栄養を引き出す菌類や細菌に餌を与えているのだ。
    十分な数の微生物が存在する時、根滲出液は長くは出ない。微生物はその大半を数時間以内に食べ、呼吸して、別の形に作り替えて再び放出する。さらに、土壌に棲む細菌の助けを借りて、ある種の菌根菌は根のような細い菌糸で、生物にとって価値のある特定の成分、たとえば岩や腐敗した有機物に含まれるリンのようなものを探し出して取り込む。次に菌根菌は、取り込んだ成分(植物が利用できる状態になっている)を根滲出液と交換する。こうして文字どおりの地下経済のやり取りから双方が利益を得るような取引が成立する。
    同じように、根からはがれ落ちた死んだ細胞は、ほんの数日で微生物が食べつくし、再処理する。その結果できる微生物の代謝物には、一部は炭素が豊富な安定した沈殿物を形成し、根圏(植物の根の周囲にある生物が豊かな範囲)に有益な細菌の群集が形成されるのを助ける。 面白いことに、根圏に棲む細菌は、微生物密度が一定数に達すると、クオラムセンシングとして知られる情報伝達プロセスを誘発し、植物の成長促進によりいっそう効果を発揮する。適切な種類の細菌が十分にいれば、それが植物生育の促進を助ける化合物の放出を調整するのだ。しかし、土壌微生物の個体数が少なくなりすぎると、栓をしめてしまう。言い換えれば、微生物は十分な数がいるときだけ、植物に影響を及ぼすようにはたらき、植物は微生物への見返りとして健康な滲出液を作り出す。だから植物は十分な量の滲出液を土壌中に放出することで、有用な化合物を作り出す微生物群を培養できるわけだ。

    p48
    腐食者である細菌や菌類は有機物を食べ、栄養をつける。捕食性の節足動物、線虫、原生動物はそれを食べ、そうして栄養を植物が利用できる形で土壌に戻す。こうした微小な捕食動物の排泄物は、窒素、リン、微量栄養素を豊富に含むので、優れたミクロの堆肥となる。
    このようにして土壌生物は土を肥沃にする。植物が、そしてわれわれが自分の体を作るのに必要なカルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、硫黄のような主要元素は、突き詰めると土壌を経由して岩から来る。銅、ヨウ素、マンガン、モリブデン、亜鉛など必須微量元素も同様だ。ほとんどの鉱物由来元素が、植物が利用できるようになる過程の各段階で、微生物は密接にかかわっている。そしてこのようなはたらきをする微生物が増えるほど、植物が利用できる栄養素も増える。

    微生物は必須微量栄養素-銅や亜鉛のような、私たちは栄養ではないと考えがちだが、健康な植物も人間も少量必要とするもの-を植物が取り込むのを助ける。土壌微生物は小さな化学者のように、栄養を植物が利用できる形に変えるはたらきをする。

    細菌から甲虫に至るまで、土壌生物は地下社会を形成し、有機物を分解して、窒素と鉱物由来の元素が豊富な有機副産物と代謝物を生み出している。土壌生物は植物の自己防衛能力にも影響している-昆虫や草食動物が葉を食べると、ある種の植物は、根圏に棲む微生物が代謝によって作り出した物質を発散する。それから植物は微生物の代謝物(使って草食動物を追い払う。言い換えれば植物は、根滲出液という報酬を受けた微生物に、防虫剤の製造を外部委託しているわけだ。そして根圏が有益な微生物でいっぱいだと、害虫や病原体は、混みあったテーブルに席を見つけるのが難しくなる。

    p50
    後になって考えれば、収穫を高めるために犂と化学肥料に依存したことが土壌有機物を枯渇させ、岩石から重要な微量栄養素を引き出して作物に届ける有益な菌類を混乱させたことがわかる。菌根菌を-根絶あるいは栄養獲得に果たす役割を制限することで-排除し、害虫や病原体を抑制する微生物の役割を弱めると、それを化学肥料と農薬で穴埋めしなければならなくなる。
    しかし有益な微生物を増やすことで、私たちはこの状況を逆転させることができる。そのための鍵は、土壌有機物を作る農法にあると思われる。餌をやれば微生物はやってくるのだ。土壌有機物を高いレベルに保つ農業慣行は、有益な土壌生物の多様性を維持し、それが今度は農産物の健康を支える。有機物に富む土壌は、病原体を抑制する細菌群集だけでなく、植物に寄生する線虫を抑える有益な土壌線虫を活性化させる。そしてより生産性が高いことが認められている。

    土壌の健康を保つ鍵は、土壌生物の世界に、微生物による無機物と有機物からの栄養の循環とリサイクルにある。

    p53
    安い石油が尽きたとき、工業的に製造される肥料に頼った現代の農業生産も終わるのだ。

    p55
    肥料業界のビジネスモデルは、土壌に栄養が不足していることを当て込んでいるのだ。

    p57
    本来の草原ではらほとんどのバイオマスは地下にある。バッファローは地表の植物を食べるが、一ヵ所にあまり長くとどまることはなかった。大きな群れは草を食べつくし、栄養を取り入れると同時に肥料を残して移動し、再び草が生えるまで戻ってこなかった。そして再び生える時には、上にも下にも猛烈に伸びた。このような回復力の秘密は、植物の根、土壌、有機物、土壌生物に蓄えられた地下の炭素貯蔵庫にあった。長さが数メートルあるプレーリーグラスの根は土壌を定位置に保っていただけではない。エネルギーの貯蔵庫の役割を果たしていたのだ。バッファローが通ったあとの糞や踏み荒らされた有機物は、地下の電池を充電し、再生のエネルギーとなる。
    植民地時まで早送りしよう。入植者は土地を管理しようと試み、バッファローを皆殺しにした。平原をすき起こすと、土壌は風や雨による侵食にさらされ、有機物の腐植は加速された。バッファローと彼らが食べていた草が消えたことが相まって、景観の蓄電池は枯渇した。

    p58
    アイオワ州ではもともとあった表土の半分が、すでに下流のニューオリンズとミシシッピ川の河口へ向けて長い旅に出てしまっている。絶えず耕された土地は、数世代にわたる農民が土壌から生活の糧を持ち出すにつれて衰えていった。そして、毎年の土壌の喪失はわかりにくいかもしれないが、世代を重ねるうちに間違いなく積み重なっていくのだ。

    p59
    土壌がひっくり返されて空気に触れると、含まれる有機物の分解が早まり、二酸化炭素を放出する。一九八〇年の時点で、産業革命以降、人類の手で大気中に放出された炭素のおよそ三分の一が世界中、主にグレートプレーンズ、東ヨーロッパ、中国で土壌をすき起こしたために出たものだった。窒素肥料の与えすぎとそれへの過信は土壌有機物の喪失を加速した。

    土壌有機物は肥沃な土壌を作り保つのに役立つ微生物の餌になる。

    p61
    ローマの詩人ウェルギリウスは、叙事詩『農耕詩』の中で、洪水による破壊の原因み高台での耕作に見いだし、斜面の縦方向でなく等高線に沿って耕作することを推奨していた。

    p66
    ナイル川、インダス川、ブラマプトラ川、チグリス川、ユーフラテス川、中国の大河はいずれも、はるか上流で侵食された新しい土砂がひんぱんに堆積することで肥沃になった、ら言い換えれば、スーダンやエチオピアの土壌喪失がエジプトの長期的な生産力を補助していたのだ。同様にヒマラヤはインドを支え、チベットは中国を養うのに力を貸していた。

    p71
    不耕起栽培は収穫できない作物部位-作物残滓-を土壌の覆いとして残す。これは、作物が収穫されたあと、トウモロコシの茎にしろコムギの茎にしろ、植物の残骸(取り除いたり焼いたりしないということだ。そうしたものは畑で分解し、地面に有機物のカーペット-マルチ-を作る。土壌微生物のバイオマスは、不耕起農法へ転換するとすぐに増加する。土壌動物相も同様だ。マルチを施した区画には細菌、菌類、ミミズ、線虫の個体数が多くなる。一方、ひんぱんに耕すと土壌微生物のバイオマスが減少し、リンを植物に運ぶのを助ける菌根菌糸を阻害するなどの悪影響がある。
    商品作物の合間の季節に植えられ、次の植えつけのときに刈られるか枯らされる被覆作物は、多年生の雑草を抑制し、腐養分を土壌に戻す役割を果たす。地面を覆うと地表のバイオマスと生物多様性が増し、特に害虫を抑える益虫が増える。輪作は害虫と植物の病原体の進出を防ぐのに役立つ。換金作物と被覆作物の順序を変化させる複雑な輪作は、害虫や病原体に根を下ろす機会を与えず、それらのライフサイクルを断ち切る。これが今度は、旧来の農薬の使用量を減らすのに役立つ。
    土壌生物の活性と多様性が高まることの利益には、水の浸透量と土壌有機物の増加が挙げられる。これにより排水の質と土壌の構造が向上する。微生物の多様性が高い土壌は、病原体が根を下ろして生き続けるのが難しい場所でもある。これはつまり植物がより健康になるということだ。作物を病気が襲うことが減り、もし襲っても破壊的なことにはならない。輪作は微生物の多様性も高め、害虫や病原体が土壌生態系で優位になるリスクを下げる。

    p83
    ナイジェリアでは、耕した畑の地温は、隣あった林の土より二〇℃以上高かった。しかし不耕起農法は地温を林の土よに近い温度に保ち、また多くの水も保持させていた。

    耕された畑で地温が三十二℃を超えると、土壌生物が活動を停止することは知っていた。そして生物の活動が止まれば、土壌構造が崩れ侵食が起きて、土壌肥沃度が低下する。もっともいいやり方は、どうやら、地面を覆っておいてミミズやシロアリに耕させることのようだ。しかしそのためには、生物に餌をやる必要がある。彼らの食べ物が有機物、すなわちマルチだ。

    p86
    資金提供者も援助機関も、求めるものは大躍進と急激な革新であって、土壌を徐々に改良していくことではなかった。産業界は商品化できる解決法の開発を推進した。求めたのは農業化学製品であって誰もが無料で採用できる方法ではなかった。マルチや多様な作物の栽培などについて聞きたがる者は、近代的で進歩的な財団や機関にはいなかった。このような単純な答えは、テクノロジー崇拝的な進歩の物語に合わなかったし、今でも合わないのだ。

    (前略)現在、アルゼンチンとブラジル南部では不耕起栽培の採用が一〇〇パーセントに届こうとしている。この為、深刻な侵食と土壌の劣化は南米一帯では大幅に軽減されている。

    p105
    不耕起農法は土壌の有機物含有量を増やす。これは保水力ち影響する。夏の土壌水分が作物収量に死活問題となる半乾燥気候のダコタではきわめて重要なものだ。有機物含有量が一パーセントから三パーセントに増えると、土壌の保水力が時には二倍になり、一方で浸水して土壌中の病原体が好む嫌気的な条件ができるのを防ぐのに役立つ。

    効果的な雑草管理は、草を殺すことではなく生える機会を奪うことだと悟ったのだ。前の作物の残渣を分厚く残せば雑草が生えるのが難しくなり、耕起せず種を、まけば作物は有利なスタートを切れ、雑草から水、場所、光を奪うことができる。輪作に被覆作物を取り入れると、雑草を競争で打ち負かし、除草剤の使用量を減らせることがわかった。被覆作物には土壌の炭素と窒素を増やすという副次的な効果もあり、そのため化学肥料の必要量も減る。これは予防医学の農業版のようなものだ。輪作を正しく行なえば、畑は全体的に健康になり、雑草がはこびることは決してない。

    p110
    土壌中のリンのほとんどは水に溶けず、土壌検定には出てこない。土壌中の鉱物、安定酸化物、有機物などに閉じ込めラれているからだ。だがこのリンを手に入れ、植物が利用できるようにする方法があるのだ。
    菌根菌やある種の細菌は、リンを可溶化し、そして植物に運ぶ。なぜか?植物の根から出る糖分を含んだ分泌物と引き換えにするのだ。こうして、菌糸は植物の根の延長として機能する。
    あいにく、耕起は菌糸を切り刻んで植物の根とのつながりを壊してしまう。つまり耕すとその仕事をやってくれる十分な菌根菌がいなくなるので、リンを与えてやらなければならないということだ。だが土壌に適切な菌根菌が十分にいれば、作物は必要とするリンを手に入れることができる。その量は土壌検定レベルよりずっと低いので、大量に肥料を与えても収穫は上がらない。したがって農家は選択を迫られることになる。耕し、そして多量の肥料を施すか、耕さず、与えるにしても肥料は少量に留めるか。

    生涯を巣穴で暮らすミミズは作物残渣を穴の中に引きずり込み、消化して水溶性の養分が豊富な糞を排泄する。この深い穴には水を地面に浸透させ、乾いた植物に届くようにする役目もある。ミミズは有機物を食べて畑を肥やす、小さな家畜のようなものだ。畑にミミズがいて、十分に食べて満足している必要があるのだ。耕すのは彼らの居間で爆弾を破裂させるようなものだ。まずミミズの家を壊し、次に表面のむき出しの土が水を通さないクラストになって、井戸を干上がらせる。

    p114
    ではなぜこの被覆作物と複雑な輪作というシステムを、もっと多くの農家が採用しないのか?一つの大きな理由が、作物保険のような補助金つきの政府プログラムが、複雑な輪作を用いる農家にとって不利にはたらき、時にはそれを許さないことだ。

    p116
    彼らは窒素肥料を地面全体に噴霧するということはしないで、すべて種まきのときに種から五〜八センチ離して地中に埋める。少量のリンは種と一緒に溝に直接まく。

    p119
    世界中の農民は、昔から土壌肥沃度を増進するためには被覆作物と輪作が効果的であると認識していた。それどころか、こうした農法は一七世紀から一八世紀の土壌管理の本に広く記述されている。だが、安価な化石燃料と化学肥料が、機械化と産業化による第三の農業革命を招くと、それらは捨てられた。新しいのは、それを不耕起と組み合わせた点だ。

    p120
    必要なのは、適切な取り合わせの被覆作物を、適切なタイミングで複雑な輪作に取り入れ、それを不耕起栽培と組み合わせることを基本にした新しいシステム、言い換えれば、環境保全型農業の三原則すべてを採用することだ。

    p126
    過去半世紀、世界の大半は、人口置換水準が一カップルにつき二・一-純人口増加ゼロ-への「人口転換」を経験していた。二〇一五年現在、ヨーロッパとアメリカ大陸の大部分を含む一〇〇ヵ国が、この節目に至っている。今やアフリカこそが、二〇五〇年までに養うべき人口が一〇億増えるという予測を後押ししているのだ。一方、土地の劣化も拡大しており、アフリカの農業は現在と未来、両方の世代を養うという重大な課題に直面している。

    p132
    生きているあいだ、窒素を固定する被覆作物は土壌を肥沃にするのを助け、雑草を抑制し、除草剤の使用量を減らす。枯れると、腐って土壌生物の餌となり、それが土壌有機物と土壌肥沃度を増進する役目を果たす。さらに、中には食用で商品になる作物もある。

    p134
    次の年に森のある一角で畑を作りたいと思ったら、木を切り倒して枝を切り刻む。種まきのために戻ってくる頃には、植物質はほとんど分解されている。それから残りかすのあいだに、カカオやプランテーン(調理用バナナ)を植える。

    p139
    浅根の作物のあとに深根のものを栽培したほうがよい。バイオマス生産量の低い作物のあとに高いものを栽培したほうがよい。栄養を吸収する作物のあとに栄養を固定するものを栽培したほうがよい。言い換えれば、作物を栽培する順番にはパターンとリズムがあるのだ。

    p142
    地面に被覆があれば、それが育む生物相が土を耕してくれ、有機物の被覆は水の流出を減らして土に染み込むようにする。ボアは一行に土壌の毛細管現象を思い出すように言った。水を下層土から上層土へと汲み上げているものだ。犂を入れるとどうなる?細孔が壊れ、下層土の水が地表へ上がってこられなく-そして植物が吸い上げられなく-なる。また有機物はあまり熱を伝えないので、地面を覆っておけば蒸発も少なくなる。

    p144
    音を深く張る被覆作物は、栄養を地表まで引き上げ、マメ科植物以外のものでも枯れると栄養を土に返す。つまり堆肥がありすぎて置き場がないときは、土に入れて被覆作物を植え、それに取り込ませて貴重な栄養を一時的に保管させることができる。栄養を使いたいときは、被覆作物を切って腐らせ、栄養を土に戻すのだ。

    p146
    では菌根菌は何を食べるのか?有機物だ。
    無機肥料は様々な多量栄養素を供給するが、たいてい微量栄養素を欠いている。それもやはり、植物には必要なものだ。有機物は微量栄養素と多量栄養素の両方を含んでいる。

    p148
    「お腹に入らないものはなんでも畑に戻す」。今ではたいてい、誰かがかごを持って畑に出ていくのを見るとその中には家庭の有機廃棄物が入っている。家に持って帰ったが食べなかったもの、たとえばプランテーンやキャッサバの皮などを、土に返しているのだ。

    p153
    この大陸の自給自足農家の生産力は低い。そしてまたこの数十年、休耕ができず伝統的農法による連作で土壌中劣化が拡大したため低下し続けている。攪乱の大きな焼き畑農業から、被覆作物、混作、輪作を利用した攪乱の小さな方法に転換することで、持続可能な開発へ向けた進歩を推し進められるかどうかには、かなりの関心が集まっている。
    投入コストの低さは、環境保全型農業が、農村の飢餓とアフリカの自給自足農家の貧困に効果的に対処する手段となるための要だとボアは見ている。

    p156
    環境保全型農業がアフリカで広く受け入れられるために、他に障壁はないかと尋ねると、短いが手ごわいリストをすらすらと並べ立てた。伝統、政治的支援の欠如、劣悪な政策、知識の蓄積と普及の困難さだ。

    p159
    農家は、被覆作物を利用すれば土壌肥沃度が高まり作物収量が増えることを、何世紀も前から知っていた。だが、第二次世界大戦後、大量に出回った安価な化学肥料で同じくらいの収量増が実現し、農家は特定の商品作物に特化できるようになり、面倒くさい動物の世話一切から解放されると、こうした方法は輝きを失った。短い間に、農業は高収量の単一栽培を支えるため、化学肥料に頼るようになった。化学肥料と除草剤が安く、簡単で、効果的だと-少なくとも短期的には-わかると、肥沃度の維持、向上と雑草の抑制のために被覆作物や輪作を用いることは、進歩的な感じがしなくなった。
    それは、しかし、はたらいている要素のすべてではなかった。化学メーカーは政府に有力な味方がいる。(中略)一九五〇
    年代には、農務省は全力をあげて化学農業を支援するようになっていた。
    除草剤という簡単で実用的な雑草抑制の手段が登場すると、不耕起栽培はいっそう魅力的になった。除草剤のグリホサートに耐性を持つ遺伝子組み換え作物が導入されると、関心はいやが上にも高まった。グリホサートは遺伝子が組み換えられていない植物を、基礎的な生理学的プロセスを阻害することで枯らす。グリホサートの効果によって、その製造者であるモンサント社は除草剤市場での大幅な優位を得て、グリホサート耐性作物の特許種子を独占した。観光農家はグリホサートを愛用した。たとえ使った結果それとわかる収量の向上がなくても。彼らは雑草を憎み、グリホサートは本当に効率よくそれを枯らして、耕さずに簡単で効果的に雑草が抑制できるようになった。-少なくとも初めのうちは。これが今度は、遺伝子組み換えトウモロコシとダイズの普及を推進する原動力となった。
    初めての除草剤耐性雑草は一九七〇年に明るみに出た、アトラジン耐性ノボロギクだった。(中略)全世界では、合計四三二種の多様な雑草が、さまざまな除草剤に対して耐性を持っている。

    p192
    鍵は、炭素が豊富な根の滲出物と連繁してグロマリン生産を促進し、土壌団粒を作り、土壌有機物を増やす菌根菌を繁殖させることだ。

    p197
    Nourished by Nature(自然に育まれた)

    p205
    ウシは地面に近い草を食べているとき寄生虫に感染する

    狩猟採集生活を営む古代人の孤立した集団は、自然に感染症から守られていた。(中略)人間が都市に押し寄せるまで、大規模な疫病の流行が住民全体に広がることがなかったように、肥育場に押し込められなければウシは比較的健康でいられる。ウシを再び小さな集団に分散させ、別の農場の群れとなるべく接触させないようにすれば、抗生物質の使用量を大幅に減らしながら、家畜の病気も減らせるだろう。

    p208
    「滲出液を食べる土壌生物は何をするでしょう?」フューラーは自問自答する。「それは団粒や、孔隙や、土壌有機物を作るのです」。しかし、とフューラーは続ける。慣行農法の遺産は、有機物を減少させ、菌根菌を断ち切り、その結果土壌のグロマリンはあまりに少なくなってしまった。土壌をまとめる接着剤が失われると、土壌にクラストができ、水が地面に染み込まなくなる。これが流出水と侵食につながる。

    p216
    同じ放牧地でウシが続けて草を食べると、内部寄生虫がウシから糞へ、そして宿主から寄生虫に汚染された草を食べてまたウシへと循環する機会を作ってしまう。しかし放牧のあいだに休止期間を長く取ると、寄生虫は生活環を完成させる必要のあるときにウシがいないので、死に絶える。ウシが再びやってきたときには、寄生虫はほとんど、あるいはまったく存在しなくなっている。

    p224
    ジャングルでは、死んだものは長く持たない-アリの軍団やその他の生物が地面に落ちたものは何でもたちまち分解したしまうからた。それから栄養はすぐに、地上の生きた植物の世界に戻って循環する。

    多くの先住民が長期間居住した説得力のある証拠が、この地域の肥沃な黒土テラ・プレタに記録されている。有機物を炭、灰、骨、人間の排泄物の形で土に戻す数千年にわたる習慣は、アマゾン流域のもっとも人口の多い地域で肥沃な土壌を形成した。
    こうした肥沃な土壌を構成するもっとも重要な要素はバイオ炭、絶えずくすぶる火の中でできる木炭だ。このようなやり方でアマゾン先住民は、さもなければ肥沃な土壌に乏しい環境で、土を村のまわりに作った。もとの土壌と比べると、テラ・プレタは有機物、窒素、リンを三倍含んでいる。今日、テラ・プレタでのコメとマメの収量は、隣接する土壌の二倍になることもある。目端の利くブラジル人の中には、農家や都市の園芸家に売るためにテラ・プレタを掘り出している者もいる。

    そしてテラ・プレタ作りの現代版が存在する。低酸素燃料を利用してバイオ炭を作り、土壌肥沃度を回復させるための微生物資材を添加するのだ。支持者は、バイオ炭が微生物を土壌中で増殖させ、温帯でも熱帯でも劣化した農地を改善すると考えている。

    p228
    バイオ炭は数百年から数千年も土の中で存続できる。だから考古学者は、炭を放射線炭素年代測定にかけて、古代遺跡の年代を推定する。だが、炭が数千年も変わらないほど安定しているなら、バイオ炭はどのようにして土壌肥沃度を左右できるのだろう?土壌の保水力と陽イオン交換容量を増す多孔性の高さと、土壌のpHを高め有益な土壌微生物が好むレベルまで土壌の酸性度を減らす能力がその理由だ。また、有機物を分解し再循環させる微生物のために、間隙と生息地を提供する。

    p239
    メサは作物のまわりの土壌にトリコデルマを接種している。これは植物と共生関係を作るありふれた属の菌類で、病原性の同類を抑制することで知られている。メサは枯草菌も使っている。土壌と、面白いことにヒトの腸内にもありふれた細菌だ。土壌内でそれは植物の成長を促進し、土壌中の硫黄とリンを可溶化し、根の病原体の感染を防ぐはたらきをする。

    トリコデルマや、イモムシを殺す細菌バチルス・チューリンゲンシスのような土壌微生物は、数十年前から接種材料として使われている。微生物資材は農業の幅広い場面で取り入れられているが、常に効果を再現するのは難しいことが証明されている。それでも、シアノバクテリアを生物肥料として接種すると作物収量が、多くの場合一〇パーセント以上増えることが、世界各地の研究で示されている。シアノバクテリアは植物のリン加給度に影響を与え、植物病原体に対抗する生物農薬としてはたらく。同じように、耕土に植物の成長を促進する根圏細菌を接種すると、作物収量が大幅に増加し作物が病気から守られることがわかっている。

    p240
    多くのコーヒー農家が、コーヒーを全滅させかねない菌類感染症「ロハ」(さび病)の深刻な問題を抱え始めている

    建物の中では、自動乾燥機がコーヒー殻をガス化炉で燃やして、コーヒー豆を五〇℃から五五℃で加熱する。自分のミルを建てる前は、メサはコーヒー乾燥機を動かすために大量の薪を使っていた。今ではコーヒー殻を燃料にしている。それからこの過程でできた炭を堆肥と混ぜて土に戻す。次のステップはミミズを導入し、その力を借りてもみ殻を堆肥化してから畑に戻すことだ、それからミミズ堆肥を使ってコンポストティーを作る予定だ。 メサもエチェベリアも有機物を土に返し、植物のあいだの地面を被覆し、微生物を導入・培養することで土壌の健康改善に取り組んでいる。彼らは化学肥料の使用量を劇的に減らし、除草剤や殺虫剤をやめて費用を節約している。

    p241
    プレルトリモン(カリプソ・ミュージックの故郷)の南の海岸に沿った商業バナナプランテーションに着く頃には、川は濁った緑褐色に変わった。それを見ながらドネリーは、地域の漁業の状況と、バナナプランテーションから化学物質かを含んだ水が流れ込んでサンゴ礁を全滅させたため漁業が衰退したことを証明した。

    p242
    クリングはバイオ炭を二〇〇リットル樽で作っている。一回焼くごとに九キロでき、細かく砕いてから乳酸菌と放線菌を豊富に含む市販の微生物溶液に浸す。炭をバケツの水、糖蜜、フミン酸に漬け、それを畑に広げる。

    p243
    クリングは化学肥料も、外部の堆肥も、除草剤も使わず、バイオマス(主に腐った落ち葉)とバイオ炭だけを使っている。肥料を与える代わりに、地面を被覆して多様な作物を栽培することで微生物を増やし土壌の健康を促進しようとしているのだと、クリングは言う。これは環境保全型農業の神髄のように私には聞こえた。
    クリングは十数年にわたり作物と土壌に微生物を接種し、三年間バイオ炭を作ってきた。彼は自分の三位一体をこう表わす。①生体触媒(微生物)②バイオマス(食料)③バイオ炭(生息地)だ。植えつけのときにクリングはバイオ炭(土壌に加え、あとでまた加える。だが完全なテラ・プレタを作るのは大変そうだ。クリングの計算では、それには一平方ヤードあたり一〇ポンドの炭が必要で、四五エーカーの彼の農場では数百トンになる。そこでクリングは土壌肥沃度(高めるために、現場でできるバイオマスを有機物として利用し、バイオ炭を微生物の運搬手段として使っている。また背負い式の噴霧器で微生物の溶液を直接まくこともある。

    p246
    エチェベリアの農場、メサのコーヒー農園、クリングのカカオの森を救った方法を結ぶ共通の糸は、つまるところ土壌の攪乱を最小限に抑える原則と、土壌有機物を蓄積して微生物を増殖する方法の採用ということになる。熱帯土壌の肥沃度は、微生物の仲介でもたらされるバイオマスの回転率の高さを裏付けとする-熱帯地方はバイオマス生産の速度では最高だが、分解の速度ももっとも速い。したがって有機物の蓄積が難しい。つまり、地下の有益な微生物の群れに適当な餌(有機物)とすみか(土壌構造とバイオ炭)を与えて培養することが、自然を模倣した農業に資することになるのだ。
    バイオ炭を豊富に含む土壌の細菌郡集は、同じ鉱物組成で炭を含まない土壌のものとは異なり、またより多様性に富む。バイオ炭は、窒素肥料への過度な依存で酸性化した土壌のpHを改善して、有益な微生物郡集を形成し、微生物のバイオマスを増加させる。それはまた、根量を増やし、菌根菌の増殖を促進し、それにより植物のリンやマンガンのような微量栄養素の取り込みを増やす。バイオ炭は植物の害虫への抵抗力を引き出すことがわかっているが、どのようにしてかはまだはっきりしていない。作物収量のバイオ炭への反応は複雑であるかもしれない。バイオ炭と原材料と製法が、pH、作物収量、土壌生物に及ぼす効果を左右するからだ。分解速度が遅いので、バイオ炭は熱帯で特に有益な土壌肥沃度へのプラス効果に加えて、長期にわたって炭素を貯蔵する。
    だがバイオ炭と役割としてもっとも重要なのは、微生物に生息地を提供することだろう。バイオ炭を土に埋めると、土壌生物はそこに集落を作る。海洋生物がサンゴ礁に集まるのとよく似ている。そして、その土壌生態系と肥沃度への影響により、微生物は劣化した農地土壌を回復するために必要な、生態系エンジニアの中心とされている。

    p247
    バイオ炭は、炭素循環を操作し、二酸化炭素を大気中から取り除く有力な手段にもなる。成長するとき、植物は二酸化炭素を葉に取り入れ、太陽の地下を利用して生体組織に変換する。炭の土壌中での半減期が一〇〇〇年を超えることを考えると、有機物をバイオ炭に変えることは、その捉えられた炭素の一部を長期にわたって足元に貯蔵するために役立つ。

    バイオ炭と有機物は土壌肥沃度みかなりの速度で-数世紀とかからず、数年で-回復させることもできる。侵食、生物の欠如、肥沃度の低い土壌、二酸化炭素濃度が過剰な大気など複数の問題に対処でき、すがに使えて安価な技術としてこれ以上のものはない。炭を土に埋めるのは、大気中の二酸化炭素削減に役立つすばらしく単純で経済的に実現可能な方法だが、二酸化炭素を古い油井に注入するような技術的に複雑な-そして費用のかかる-発想が優遇されて、概して見過ごされている。

    p248
    バイオ炭は土壌肥沃度の回復を助けるが、緑肥となる被覆作物を農場で栽培する必要がなくなるわけではない。

    p254
    世界の土壌はすでに、少なくとも大気の二倍の炭素を保持している。深さ三メートルまでで、土壌は地球上の大気とすべての動植物を合わせたよりも多くの炭素を含むと推定される。ほとんどの土壌炭素は表面の一メートル数十センチに保持されている。地表に供給される有機物と、浅く張った値が土壌中に放出する炭素が豊富な滲出液のためだ。これは、表土の有機物含有量の炭素量、ひいては世界の気候に大きな影響を与えるということだ。
    耕すたびに土は空気にさらされる。すると有機物の分解が促進され、炭素が空気中に放出される。それも相当大量に。機械化農業が始まってから、北米の耕作地はもともとあった土壌有機物の四〇パーセント以上を失った。産業革命から二〇世紀の終わりまでに大気に加えてにられたすべての炭素の四分の一から三分の一は、耕起によって増えたものだ。

    p255
    今日、ほとんどの耕地では長きにわたって慣行農法が行われており、土壌有機物は半分以下に減っている。

    p258
    劣化した農地土壌で炭素量を高めるために必要なものは何か?上から下への土作りだ。土壌とは単に岩が風化したものだとする下から上への土壌形成の見方では、二、三センチの土壌ができるのに数百年以上かかるとされていた。生物学-被覆作物、滲出液、微生物、土壌生物など-を融合した新しい見方では、土壌をもっと早く、数世紀ではなく数十年で成長させることができると考える。
    土壌に蓄積される炭素の大部分は根滲出液に由来する。生物に炭素を結びつければ大気中に出ていかれなくなる。これが、集約放牧が土壌炭素の蓄積に非常に役立つ理由だ。滲出液生産をこれほど刺激するものはないのだ。
    こうしたことは慣行農業による穀物の単一栽培に関する大きな問題を浮き彫りにする。作物が成長を始めるとき、滲出液を生産するための光合成炭素を十分に蓄積するには時間がかかる。そして作物が繁殖可能になると、養分を種子作りに回すため根滲出液は止まる。だから穀物が滲出液を土壌に放出する期間は四、五週間しかない。これは多量の炭素を土壌中に送り出すために十分な時間とは言えない。したがって穀類は土壌炭素の蓄積にあまり寄与しないのだ。土壌炭素を劇的に増やすためには、一年の大半を通じて滲出液を土壌中に放出する被覆作物が必要になる。
    しかし、土壌の炭素貯蔵能力は無限ではない。炭素蓄積の速度は新しい方法を採用してから数十年で最大になるが、やがて停滞期を迎え、その先は蓄積はなかなか増えない。この意味で土壌は、充電しておくのが無意味になれば充電されなくなるバッテリーのようなものだ。それでも、農業土壌は相当な量の炭素を、今後数十年にわたり貯蔵することが見込まれている。

    p262
    ダイコンは、秋から早春まで越年草の雑草を抑制するのに効果的であり、地下一メートルに届く主根をわずか二ヵ月で伸ばす。冬の霜で枯れたダイコンが腐ると、残った太い縦穴が土壌の浸透を改善し、固まった地面をほぐすのを助ける。また、根穴まわりの土壌可給態リンを増やすのを助け、夏作物の収穫後に土壌窒素を集める優れた効果があることがわかっている。分解されるとき、それは急速に窒素などの栄養素を放出して土壌に戻す。

    p263
    たとえばヒマワリは、地中深くの亜鉛をとらえ、表土まで運んでくる高い能力を持つ。

    p266
    ここに資材集約的な農家が陥る罠がある。彼らは初めに高いコストを払って、出費と収入の差額よりも高収量と総収益を重視してしまうのだ。投入コストの高さと商品価格の低さが農場の破産の原因だ。これが第二次世界大戦以降、アメリカの自営農家で起きていることだ。
    ブラントは自分の農場で、有機物が八パーセントに達したら窒素を与える必要はないことに気づいた。このレベルでは、被覆作物が刺激した栄養循環は、年間一エーカーあたり二四〇ポンドの窒素肥料の投入に相当するのだ。ブラントの投入コストは低く、雨の少ない年でも収量は高く、害虫に絶えず悩まされたり作物が脅かされたりもしない。私にはこれは回復力があり持続可能な農業に思える。

    p278
    土壌炭素は植物の栄養ではない。植物を直接養うものではなく、それ自体は植物の成長に必須ではない。それでも土壌有機物と作物収量のあいだには密接な関係がある。土壌有機物を増やせば、少ない肥料で同等の作物収量を維持することができる。

    p287
    日本の農家は、わらを野菜のマルチにも使っていた。わらは土の上に重ねられ、少量の土をかぶせて水が早く浸透するように、また土壌表層からの蒸発を減らして水が地面に保持されるのうにする。分解されると、マルチは死堆肥としてもはたらく。堆肥とマルチは日本の農業の基礎であった。

    p310
    現行の制度で本当に儲けているのは、農家にものを売る人間-慣行農業が依存する資材を売る企業なのだ。

    p310
    しかし、環境保全型農業のほうが有利なら、なぜ大多数の農家はいまだ耕起を基本にした高投入の農業を行っているのだろう?そこには大小と障壁があるのだ。多くの地域で、環境保全型農法を地域の条件と作物に適応させる知識が欠けていることが、その採用の主な障害となっている。二〇一二年の国連食糧農業機関の報告書では、農家が環境保全型農業に移行するための鍵は、初めに取り入れた者たちの訓練と技術支援ち加えて、実物規模の実験農場によって地域での成功事例を示すことだとしている。もちろん、もう一つの障壁は、移行の途中で農家が被るかもしれない経済的打撃だ。

    p316
    消費者に情報を与えることが、市場経済の中で購買の方向性を変えるもっとも確実な早道だ。消費者が、自分の健康が土壌の質と肥沃度に-よかれあしかれ-密接に関係していることを知れば、慣行農業から、持続可能で有機風の農法へと移行するのを助けるだろう。

    p319
    土壌肥沃度が、土壌の化学と物理だけでなく生物学によっても決まることを、私たちが受け入れ始めた今、その見方は再び変わりつつある。まだ学ぶべきことはたくさんあるが、近年の発見で、土壌生態系が養分可給度と循環、そして土壌肥沃度維持の鍵を握っていることが明らかになっている。土壌生物の重要な役割を知った今、有機物が豊富な土壌を、大いなる自然の成長と衰退の循環に欠かせない一部分として捉えることの必要性が理解できる。

    p321
    探している答えは、時に思ったより身近にあるものだ-私たちの足元に。

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著者プロフィール

ワシントン大学地形学教授。
地形の発達、および地質学的プロセスが生態系と人間社会に及ぼす影響の研究で、
国際的に認められた地質学者である。
天才賞と呼ばれるマッカーサーフェローに2008 年に選ばれる。
ポピュラーサイエンス関連でKing of Fish: The Thousand ─ year Run of Salmon(未訳2003 年)、
『土の文明史─ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』(築地書館 2010 年)、
『土と内臓─微生物がつくる世界』(アン・ビクレーと共著 築地書館 2016 年)、
『岩は嘘をつかない─地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史』(白揚社 2015 年)の3冊の著作がある。
また、ダム撤去を追った『ダムネーション』(2014 年)などのドキュメンタリー映画ほか、
テレビ、ラジオ番組にも出演している。
執筆と研究以外の時間は、バンド「ビッグ・ダート」でギターを担当する。

「2018年 『土・牛・微生物』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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