僕の旅 (新しいドイツの文学シリーズ 9)

  • 同学社
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784810202113

作品紹介・あらすじ

「僕」は、足の向くまま気の向くまま、一カ月間のあてのない自由な旅に出る。ドイツ国内どこでも乗り降り自由の鉄道周遊券と時刻表を手にして。教員資格試験が間近に迫っているというのに。

感想・レビュー・書評

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  • 原題は“NETZKARTE(ネッツカルテ)”。つまりドイツ国内の鉄道が乗り降り自由になる1か月有効のパスのこと。
    主人公のオーレ・ロイター(「僕」)はネッツカルテを手に鉄道に乗り込む計画をたてる。行き先は-決めてない。僕は大学の教職課程をほぼ終えてあとは教員資格試験を受けるだけという時点になって同僚Nにそのことを打ち明ける。
    N「そんなことしてどうなるんです」「自分がやりたいことが何か、もうわかっているでしょう」
    僕「だから、それがわかりたいから」「まず自分の可能性を試すんです」
    冒頭のこのやり取りからでもわかるように、この小説は“自己の再発見”がテーマ。

    でもドイツといえば、私の浅学な読書体験でも「自己の再発見」をテーマにした小説で思いつくのは「若きウェルテルの悩み(ゲーテ)」、そして「車輪の下(ヘッセ)」。
    世間や社会に上手く迎合していくことをあえて避け、自分の内面の良心に忠実に生きようとすることで懊悩する様を描くことは、もはやドイツ文学の伝統とも言えるのではないか。

    しかし先達の作家の時代は確かに道徳や宗教などの社会的抑圧があまりにも支配的で、巨大な生き物のような社会的抑圧に対して個人の力では如何ともし得なかったという背景があった。その巨大なものにあえて文学作品によって立ち向かったのがゲーテでありヘッセということになる。

    一方でこの作品の時代背景は1970年代が主。やはりこの作品も先達の作品と同様に、テーマは自己の再発見と言ってもいいと思う。ただし真正面からではなくて鉄道の車窓から見る風景のように見えては隠れるといった感じなので捉えにくいかもしれないけど。
    この作品では「僕は決心ができない」と言う場面が何回も出てくる。例えば「僕」は旅の途中で出会ったユーディトという若くてかわいい女の子と恋人同士にもなりいっしょに鉄道の旅をするようになる。会話もはずみ楽しい旅のはず。なのに「僕」はある日彼女と距離を取るかのような言動をしはじめ、旅の行き先を別々にするよう提案する。ここでも教職への道と同じく、安定を目前にしながらも自分からそれを避けるような行動をとるように見える。
    でも避ける理由が「僕は決心ができないから」と言うだけ。それはきっぱりと決心をして自己を解放したいのにそれができなくて悩んでいると言うよりも、決心ができない自分というものに対して、固定され縛られないという一種の居心地の良さを感じるという、先達の作品になかった“新しい感覚”が顔をのぞかせているようにも感じた。

    私には「決心ができない」ことを自分の個性として受容するだけの勇気はないので、「僕」には共感できないとしても、作者がこの作品で自己の再発見というものについて、先達がその時代背景により見逃がさざるを得なかった“別の一面”に迫ろうとする姿勢は一定評価したい。
    先達の作品で見られるのが「積極的な精神の解放」ならば、この作品での「僕」は「解放と身構えてしまうことからの解放」とでも言おうか?

    最後に一言。原題「ネッツカルテ」を「僕の旅」とするのは良かったのだろうか?
    私の世代は「僕の旅」という字面を見ると「俺の空」(本宮ひろ志先生作のマンガ)を思い出してしまう。俺の空も財閥の御曹司が自分の伴侶にふさわしい女性を自由気ままな旅で見つけようとするというストーリーで、僕の旅と展開が若干重なってると思わない?
    まさか翻訳者が俺の空を意識してたとは思えないけど、日本語のタイトルも「ネッツカルテ」として副題で(ドイツ国内乗り放題パスの自由な鉄道旅)とでも付けたほうがよかったんじゃないのかな?

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著者プロフィール

1942年生まれ。81年、『僕の旅』でデビュー。長編二作目の『緩慢の発見』は各国語に翻訳され、高い評価を受ける。インゲボルク・バッハマン賞(80年)など多数の受賞歴を持つ。

「2013年 『緩慢の発見』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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