新・日本現代詩文庫 12

著者 :
  • 土曜美術社出版販売
5.00
  • (3)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 8
感想 : 2
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (162ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784812013656

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 紛れもなく、「詩」を感じる。「現実」に食らいつく技法としての言葉がここには描かれている。


    ◎雲

    深い谷から丘の上に這い上がった雲
    肩を滑り白杖の先を走り去った雲
    どこへ行くのかな あんなに急いで
    ちごゆりの咲く丘の道に
    爽やかな足音を残して



    ◎白杖

    女郎花が咲いた
    野に咲く花の輝きに
    輝く花のその奥に
    短い光に
    白杖の足は止まった


    ◎ひかりを飲む

    やわらかな春の日射しに手をひろげる
    ひろげた手の中に日射しがいっぱい
    渇いたのどに手の中のひかりを汲んで
    腹いっぱいになるまで飲む


    ◎天の職

    お握りとのし烏賊と林檎を包んだ唐草模様の紺風呂敷を
    しっかりと首に結んでくれた
    親父は拳で涙を拭い低い声で話してくれた
    らいは親が望んだ病でもなく
    お前が頼んだ病気でもない
    らいは天が与えたお前の職だ
    長い長い天の職を俺は素直に務めてきた
    呪いながら厭いながらの長い職
    今朝も雪の坂道を務めのため登りつづける
    終りの日の喜びのために


    ◎ひまわり


    病室の庭いっぱいにひまわりが咲いた
    燃える太陽に向かって
    夏の青い空に向かって
    ぽっかり浮んだ白い雲に向かって
    まるい顔をすこし傾けて
    にっこり笑って
    ひまわりは大きく手を上げた
    俺は傍らに並んで立った
    ひまわりの葉脈を流れる命の音を聞きながら
    青い空に向かって顔を上げた



    ◎雛

    音もなく降り続く雨の中で
    生れたばかりの雀の雛も鳴いている
    新しい命の声に顔が綻ぶ


    ◎ちぎれ雲


    りんご園のりんごの木にのぼる
    ちぎれた雲の行方を見詰めていた
    あの朝父から中学校入試の勉強をやめろと言われた
    父はその理由を幾ら聞いても言わなかった
    悔しさの果ての雲の行方を見詰めていた

    らい園の綿打ち工場の屋根に寝転んで
    青空のちぎれ雲を見詰めていた
    昭和二十年八月十五日正午
    終戦を告げる天皇陛下の放送を聴いたばかり
    明日が見えない
    明日が見えないままにちぎれ雲の果てを見詰めていた

    病室の夜の布団の中で
    見えない網膜を流れる
    ちぎれ雲の果てを見詰めている
    ちぎれ雲の果てに明日があった
    ちぎれ雲の果てに明日の俺の詩があった

  • 人生の極意は負けること

全2件中 1 - 2件を表示

著者プロフィール

本名・長峰利造。1924年7月10日青森県北津軽郡生まれ。尋常高等小学校高等科卒業。1936年発病。1941年10月8日栗生楽泉園入所。1953年失明。詩集に『津軽の子守唄』(1988年 編集工房ノア)、『ぎんよう』(1991年 青磁社)、『無窮花抄』(1994年 土曜美術社出版販売)、『タイの蝶々』(2000年 土曜美術社出版販売)、『鶴の家』(2002年 土曜美術社出版販売)がある。『盲目の王将物語』(1996年 土曜美術社出版販売)。

「2002年 『ハンセン病文学全集 2 小説二』 で使われていた紹介文から引用しています。」

桜井哲夫の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×