- Amazon.co.jp ・本 (162ページ)
- / ISBN・EAN: 9784812013656
感想・レビュー・書評
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紛れもなく、「詩」を感じる。「現実」に食らいつく技法としての言葉がここには描かれている。
◎雲
深い谷から丘の上に這い上がった雲
肩を滑り白杖の先を走り去った雲
どこへ行くのかな あんなに急いで
ちごゆりの咲く丘の道に
爽やかな足音を残して
◎白杖
女郎花が咲いた
野に咲く花の輝きに
輝く花のその奥に
短い光に
白杖の足は止まった
◎ひかりを飲む
やわらかな春の日射しに手をひろげる
ひろげた手の中に日射しがいっぱい
渇いたのどに手の中のひかりを汲んで
腹いっぱいになるまで飲む
◎天の職
お握りとのし烏賊と林檎を包んだ唐草模様の紺風呂敷を
しっかりと首に結んでくれた
親父は拳で涙を拭い低い声で話してくれた
らいは親が望んだ病でもなく
お前が頼んだ病気でもない
らいは天が与えたお前の職だ
長い長い天の職を俺は素直に務めてきた
呪いながら厭いながらの長い職
今朝も雪の坂道を務めのため登りつづける
終りの日の喜びのために
◎ひまわり
病室の庭いっぱいにひまわりが咲いた
燃える太陽に向かって
夏の青い空に向かって
ぽっかり浮んだ白い雲に向かって
まるい顔をすこし傾けて
にっこり笑って
ひまわりは大きく手を上げた
俺は傍らに並んで立った
ひまわりの葉脈を流れる命の音を聞きながら
青い空に向かって顔を上げた
◎雛
音もなく降り続く雨の中で
生れたばかりの雀の雛も鳴いている
新しい命の声に顔が綻ぶ
◎ちぎれ雲
りんご園のりんごの木にのぼる
ちぎれた雲の行方を見詰めていた
あの朝父から中学校入試の勉強をやめろと言われた
父はその理由を幾ら聞いても言わなかった
悔しさの果ての雲の行方を見詰めていた
らい園の綿打ち工場の屋根に寝転んで
青空のちぎれ雲を見詰めていた
昭和二十年八月十五日正午
終戦を告げる天皇陛下の放送を聴いたばかり
明日が見えない
明日が見えないままにちぎれ雲の果てを見詰めていた
病室の夜の布団の中で
見えない網膜を流れる
ちぎれ雲の果てを見詰めている
ちぎれ雲の果てに明日があった
ちぎれ雲の果てに明日の俺の詩があった詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
人生の極意は負けること