帝国の参謀 アンドリュー・マーシャルと米国の軍事戦 略

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  • Amazon.co.jp ・本 (504ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784822251499

作品紹介・あらすじ

「軍務に就いたことは一度もないのだが、マーシャルはまさに『冷戦の戦士』だった。戦略家として、国防に携わる政府高官の助言者としてのキャリアは、米ソが対立した冷戦時代から中国の台頭、イスラム過激派の出現にいたる長期に及ぶ。 2015年に公職を退いたときには、冷戦を経験した世代の最後の1人だった。」(日本語版への序文) アンドリュー・マーシャルは「ペンタゴン(米国防総省)のヨーダ」と呼ばれた稀代の戦略家。ペンタゴンの総合評価室 (ONA)を率いて、40年以上にわたって対ソ戦略から今日の対アジア、対中戦略をデザインしてきた。マーシャルの 軌跡を通して米国の世界戦略の変遷を描いた。

感想・レビュー・書評

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  • 本書は、アメリカ国防総省のネットアセスメント室長として長年アメリカの軍事戦略の根本を担い続け、そのキラ星が如くの弟子?を生み出してきたことから、「ペンタゴンのヨーダ」と呼ばれた男の生涯の実績を綴ったものである。
    著者も長年「ヨーダ」とともに仕事をしてきた弟子?である。
    原題は"THE LAST WARRIOR"(最後の戦士)。

    ただ、本書のスタンスとして、最初の「著者の言葉」では「単なる伝記ではなく、彼の知の歴史を辿ること」とある割には、しょっぱなから延々と彼の歩んできた道が羅列されているだけであり、アメリカ国防に関する機密事項のためか彼の「知の歴史」ともいうべき肝心要の思考や理論はほとんど記されていない。核心には触れないまま無味乾燥な名詞がこれでもかと並びたてられているので、その記述の多くはその筋以外の者にとっては頗る退屈な内容が続くものであったことは否めない。
    さらに、RMA(軍事における革命)の記述では、著者自身の実績にも多く紙数を割いているため、「ヨーダ」との関連がわからなくなってきた部分もあり疑問符が連打されるところだ。
    また、前後の文章の繋がりから、明らかに日本語訳のミスと思えるような箇所もいくつもあり、この辺りは読みにくさを助長していたかもしれない。
    最も「ヨーダ」自身が、自分の思考の根本であるネットアセスメントというものを明確化・理論化をしなかったとのことであり、何となくの彼の考え(笑)を一書にまとめあげたことに関しては、広く世に知らしめたという点で賞賛されてもいいだろう。
    本書の価値の多くは、ペンタゴンの奥深くで営まれた「知」を表舞台に出したことにあるといえる。

    それにしても、本書での彼の「知」の正味の記述はそれほど多くないものの、彼の洞察力と基本戦略は驚くべきものであり、特筆に値することは疑いない。
    本書では「ネットアセスメント」を「総合戦略評価」と訳す。
    その意味は使用する各人によって定義が異なるともいい、本書の主人公であるアンドリュー・マーシャルについていえば、敵と味方の軍事力を正当に位置付け評価すること、のような意味として仕事をし、常に適切な問いを設定した上で、それに対する「診断」はするが「処方」はしないことに徹していたという。
    彼が所属した代々の国防長官や大統領に対し、彼らが適切な判断や政策ができるよう累々と現在の状況や将来起こり得る可能性について評価し、提供し続けてきたということである。

    第二次世界大戦後、アメリカ一強の世界勢力図に対抗し、ソ連の核開発と攻撃能力の向上により米ソ冷戦の方向性が決定づけられた時、互いのその強大な兵器の存在により抑止が成り立つのか、仮に抑止が失敗した時の敵の先制攻撃後に反撃能力は維持できるのか、という点はアメリカにとって国家戦略上の大きな課題であった。
    そのような状況で、マーシャルが行った仕事の成果はおおよそ次のようなことが挙げられる。

    ・アメリカの反撃能力についての評価を行い、海外基地、海軍力、B1戦略爆撃機の開発などには力を入れるべきとしたこと。

    ・ソ連の戦力態勢の意思決定は、決して合理的な目標を持ったものではない、システム分析やゲーム理論で計るのは有効ではなく限定合理性となっており、大組織一般に見られるように様々な組織上の制限や妥協により生み出されているとしたこと。

    ・ヨーロッパにおけるNATO軍とワルシャワ条約機構軍との我彼の戦力分析で、単に戦車の台数、大砲の数、兵士の数といったシステム分析だけに留まらない、補給の充足度合い、兵士の熟練度、稼働率、損傷後の回復力などを加味した真の戦力を数値化し、実際はNATO軍が地上戦敗北の末に戦術核を使うような状況ではなく、容易にワルシャワ条約機構軍はNATO軍に勝つことができない状況を明らかにしたこと。

    ・ソ連の軍事力の進歩に疑問を持っていたマーシャルは、GNPの6~7%が軍事費というCIAの試算とは裏腹に、経済力が大きく劣ると見なされるソ連がなぜアメリカに対抗できるだけの軍事力を整備できるのかという問いを設定する。
    長年の研究の結果、ついにはネットアセスメント上、ソ連はGNPの40%程度を軍事費としていると判断。戦略として、アメリカの特に強い部分についてはそれを超えられないようなハードルを課すとともに、ソ連の反撃戦略が完全主義であることを見抜いた上で、例えば穴だらけのミサイル防衛網であってもそれを宣伝することで、過重なコスト増を強要しソ連経済の破綻を誘導したこと。

    ・RMA(軍事における革命)を提唱し、精密誘導兵器やネットワークの向上、情報戦争、自動偵察攻撃複合体、電子制御などのイノベーションに伴い、軍組織や運用を抜本的に作りかえる必要があるとしたこと。
    そこでは空母などは精密打撃に対し脆いだけのプラットフォームと主張している。

    ・中国の台頭を予測し、そのA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力の向上に伴う対抗策が必要であることを早くから喚起したこと。

    まさにアメリカが何十年にもわたって実践してきた戦略そのものであり、現実を認識し先を見通す能力については驚嘆せざるを得ない。
    政権が代われば政府職員も丸ごと代わるというアメリカにあって、昇進させることもなく延々とマーシャルのような人材に戦略を考えさせ続けたアメリカという国の底力をみる思いである。常に核抑止の失敗という巨大なリスクに晒され続けたアメリカの英知だったともいえるだろう。
    かつて経済大国と言われた我が国の失墜と度重なる大企業の不祥事や破綻は、戦略が無かったことの明確な表れであり、思考停止と希望的観測に陥りがちな日本ではこのような「軍師」が誕生することはないのかもしれない。
    功績という欲もなく表舞台に出ることも欲しないままマーシャルは93歳で退任したということだが、次なるマーシャルはいるのか?果たして不気味なところである。

  • 国防総省の影の参謀と呼ばれ、ペンタゴンのヨーダと謳われたアンドリュー・マーシャル。本書は彼の伝記ではないが、ランド研究所からキャリアをスタートし、国防総省のヨーダと謳われるようになるまでの知の軌跡を同僚が綴った記録である。

    興味深かった点は、冷戦時におけるソ連軍事力に対するマーシャルの診断。CIAが見積もったソ連軍事費の対GNP比に疑問をもち、アメリカと比べ経済力が劣るソ連が、アメリカに対抗できる軍事力をなぜ持てるのか?という鋭い問いをつくった。マーシャルは正確なソ連軍事費を算出し、一方で軍事におけるアメリカの得意分野を見出し軍事費の上限を設けた。ここからアメリカにとって脅威にならない軍事力にソ連が投資するよう仕向け、過剰なコストをソ連経済に課し破綻に追い込むコスト強要戦略を提唱した。時々の政権との軋轢で全てが実現できなかったが、レーガン政権でのスターフォーズ計画(穴だらけの核ミサイル防衛網)はマーシャルの功績だろう。穴だらけでも防衛網の宣伝は、ソ連指導部の意思決定へ影響を与え、核抑止の意味はあったらしい。だとするとオリバー・ストーンが語るアメリカ史も少し見直さないといかんね。
    しかし、全体を通して読みにくい。
    記述のほとんどは、彼が考案したネットアセスメント室の創設過程や歴代の国防長官との関わり、ソ連との核競争と抑止をどのように構想したかを記しているが、読んだところでネットアセスメントの何たるかは分からないし、機密事項がまだまだあるのでその全貌は見えぬまま。おまけにマーシャルに関わった同僚や高官の固有名詞と専門機関の羅列が長々と続き、読み進めるのに苦労した。素人が気軽に読む本ではないです。

  • すごいんだろうなと思うが、よくわからなかった。コアな部分は書かれていないのか? ソ連と戦う戦力を得る方向性は必要だが、どのような戦力を準備すればソ連が防衛費過多に陥るかを分析した視点は面白い。

  • p.24 正確な診断こそが、適切な戦略的判断を下すためのカギ
    p.430 徹底的な調査に基づいて問題の本質を究明するとともに、適切な質問を常に重視
    p.430 戦略的選択は、不確実性に満ちており、可能な解決策に飛びつくことで対処できるものではない。
    p.445 3つの提案
    ・未来のある側面(マクロ経済)は、数年、数十年というスパンでは、他より確実性がたかい。
    ・シナリオの活用は、予測ツールとしてではなく、意思決定者が別の未来を描き、特定の状況や課題にどう対応すべきかを考えるツールとしては有効。
    ・高度な戦略的課題の探求に、図上演習は有効な手段。
    p.459(解説)1999年のシナリオ分析「アジア2025」は国防総省のサイトからダウンロード可能。http://www.dod.gov/pubs/foi/Reading_Room/International_Security_Affairs/967.pdf

  • 加藤陽子先生の本に引用してあったので気になって読んだ。

    印象深い箇所は以下。(自分の会社ならではの問題かと思ってたけど、最も効率的な組織と言われる軍関係でもそうなのかと意外だった。)

    p133-134
    あらゆる大組織に顕著であるのは、その規模の大きさゆえに、すべての重要な決断を行うだけの時間や情報を持つ単一の中央集権的権威が存在しないということだという。

  • 【由来】


    【期待したもの】

    ※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。

    【要約】


    【ノート】


    【目次】

  • 『暗流』>『乱流』からの流れで読んだ。
    「ペンタゴンのヨーダ」「冷戦のラストウォリアー」
    確かに、『ゲームチェンジャー』『概念を生み出すもの』『指針を提供するもの』だな。
    勿論、彼のシンの功績は『機密保護の壁』で全貌がわからんのだが(何処まで、彼の提供した者が実際の製作に繁栄されたのかいまいちわからん)それでも、彼の影響を受けた弟子達のそうそうたる面々を聞けば、少なくとも、『ペンタゴンのヨーダ』としての功績は想像が出来る。
    そして、合衆国(軍)のような巨大組織が進路/方針を変えるには時間がかかる。時間がかかる以上、更にその先を見据えて『指針』を提供する者は極めて重要であることも。

    最後に、解説の『ネットアセスメント』のネットは、『ネットの収支』のネットであり、それに即して訳せば『差し引き相殺評価』というのはとてもわかりやすかった。

  • コスト強要戦略で旧ソ連を崩壊に導き、「ペンタゴンのヨーダ」と呼ばれた男、アンドリュー・マーシャル。1940年代以降のマーシャルの知の軌跡を辿り、国家安全保障と国防戦略に対する考え方の中核となる発想や構想に迫る。
    ONA(Office of Net Assessment
    軍事に限らず、より総合的な視点から正確な分析・評価を国防長官に提供してきた。ONAを世に知らしめたのは冷戦時代のソ連経済に関する評価だ。当時CIAは一貫してソ連の経済力を過大評価していた。マーシャルは早くから統計経済学などを駆使してソ連経済の脆弱(ぜいじゃく)性を主張し続けた。彼の分析の正確さは90年代のソ連崩壊が証明した。ソ連はONAに敗れたといっても過言ではない。

  • 長くアメリカの戦略分析を担ってきたアンドリュー・マーシャルの評伝。とはいえ具体的な分析レポートは機密文書なので、ちょっと凄さが分かりにくい。
    冷戦時代から、ソ連とアメリカの軍事力の正確な比較、アメリカは何を目指していくべきなのかを訴え、ソ連崩壊と中国の台頭、テロ国家の出現などを誰よりも先に予見していたらしい。
    そんな戦略評価を有していても、「今」はどうなんだろう。

  • 機密に触れるのでかけないという面はあるのだろうが、結局ネットアセスメントとは何で何がすごいのかわかりにくい。彼は真実をわかっていたが政治で負けて通らなかったなどという記述が多いのも気になる。しかし本筋に関係ない部分を含め、興味深い未知の世界はいくつかあった。

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