- Amazon.co.jp ・本 (209ページ)
- / ISBN・EAN: 9784828857022
感想・レビュー・書評
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平安時代に活躍した5人の女性をそれぞれ主人公にした「平安五人女」シリーズの4作目。
今回の主人公は言わずと知れた「源氏物語」作者である。めくるめく王朝の恋物語を書いた人にしてはかなり地味な人生であったようだ。「源氏物語」執筆の動機やヒントとなった出来事が、三枝氏独自の解釈で書かれているところがいい。史実とフィクションのバランスが相変わらず絶妙なのである。私は勝手に、清少納言vs紫式部のバトルは清少納言の一人相撲であったのではないかと思っているのだが、どうやら三枝氏もそんな見方をしているような気がしてちょっとうれしい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
(2008.02.13読了)
「源氏物語」の作者紫式部の物語です。
紫式部を辞書で引くと以下のように書いてあります。
「紫式部」(973頃-1014頃)平安中期の女流作家・歌人。藤原為時のむすめ。はじめ藤式部と呼ばれる。藤原宣孝と結婚、大弐三位を生むがまもなく夫と死別。その後、源氏物語の執筆を始める。才媛のほまれ高く、一条天皇中宮彰子に仕え、「白氏文集」を進講。藤原道長や藤原公任らとの交流もあった。ほかに「紫式部日記」「紫式部集」などの著がある。
紫式部という名は、宮廷に仕えたときの女房名です。「源氏物語」の若紫から、紫を借りて紫式部と呼ばれるようになったとか。それでは、本当の?名前は、なんだったのか。
角田文衛氏が「香子」という説を出されているので、著者は、この香子(かおるこ)を採用しています。
先に「藤原道長」(岩波新書)を読んだので、内容が把握しやすくてよかったと思います。
「藤原道長」で取り上げてあったいくつかのエピソードも物語の中に織り込まれていました。
道長のライバル、伊周(道長の長兄道隆の息子なので、道長の甥)とその妹定子、定子が中宮になったときの侍女清少納言(「枕草子」の著者)、などが登場します。
紫式部は、道長の娘彰子が中宮となったときに家庭教師として雇われたようですが、割と自由な勤め方で、「源氏物語」を書く時間が取れたようです。
小説の中にたくさんの短歌が登場しますが、「紫式部日記」「紫式部集」から拝借したのでしょうか?著者の三枝和子さんの代作でしょうか?
「源氏物語・外伝」でも読んでいる感じで、楽しめました。
●本当の恋を求めて物語を(62頁)
私は生活のためや、世間体から男の世話なんかなりたくない。生活のために男と契るというのであれば、遊女と変わりない。私が待っているのは、本当に心と心が通い合う恋なのよ。けれども、・・・恋など、物語の中にしかないのでございます。
●女房勤め(120頁)
女の立場からいえば、女房勤めに出たほうが殿上人と出会う機会が多いのです。邸うちに引きこもっていて、男の通いを待って、たかだか受領の妻になるよりも、内裏に居れば、右大将だって左大臣だっていらっしゃるのです。正室になれなくても、何人目かの夫人に納まる可能性はあるのです。こちらのほうが女の生き方として利口だと考える女性がいても、決して不思議ではありません。
●清少納言と紫式部(135頁)
「清少の学識が動であれば、紫は静だ」
「ただ動くものは、軽くなるというのも事実でしょう。深い浅いでいえば、紫のほうが深いだろうね。私自身の好みで言えば、清少の学識は愉しかったが、紫の学識はどうかな、少し恐いところがあるよ」
●中宮定子と清少納言(183頁)
尊敬という点では、故定子さまも清少納言を尊敬していらしたのでしょうが、「枕草子」を読む限りでは、お二人の間には得も言われぬ情の交流があります。定子さまの亡くなられたあと、ぷっつり行方を昏ましてしまわれた清少どのですが、鳥辺山で定子さまの墓守になっていられるといううわさを耳にすると、さもありなんと思うのでございます。
著者 三枝 和子
1929年 神戸市生まれ
関西学院大学哲学科卒業
1969年 『処刑が行なわれている』で田村俊子賞受賞
1983年 『鬼どもの夜は深い』で泉鏡花賞受賞
2000年 『薬子の京』で紫式部賞受賞
(2008年2月23日・記) -
紫式部とはどのような女性で、何がきっかけで『源氏物語』を書き上げたのか。彼女の人生にスポットを当てた、興味深い小説です。