きつねの遠足

著者 :
  • 幻戯書房
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本棚登録 : 81
感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784864880312

感想・レビュー・書評

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  • 本を読み終えた千さんが
    ぱたん、と頁を閉じる。

    しばらく愛おしそうに撫でさすり
    ぎゅっ、をした後
    本棚にそおっと戻す。

    その日の夜。
    「あ、あ、あ、あ、あ。」
    うん?声が出るぞ。
    あ、あ、あー。

    本は嬉しそうに喉を震わすと
    金色に輝く光の様な声で
    僕ご自慢の物語を語り出す。

    私の耳に届いたのはそういう声。

    金の声。

  • 石田千さんの文章が好きだ。
    ふんわり優しく、物事から程よく距離をおいて見ている感じが心地好い。
    「作文集」と副題にある通り、エッセイや書評、詩と石田さんの色々な表情を読むことができた。

    幸福には、手本もはやりもない。きっと、じぶんを励ましほほえませることを、むずかしく思わないほうがいい。
    ひとは、しぜんに日々のなかで、宝の種をまき、水をやることができる。
    コーヒーをいれる。花をながめる。気づかぬうちにやわらぐ表情は、静かに滋養となり、からだをいたわる。

    元気のない今の私にとって、この文章は心に染みる。
    石田さんの「りんごの本箱」をもっと覗いてみたい。

  • きなりの雲で石田千に会って、これまでほとんどの作品を読んだ。

    エッセイは独特の文章、子供の頃のエピソードが微笑ましく、目上の方に使う柔らかい敬語も美しい。

    朝は早く起きて、体に良さそうなものを作って食べて、銭湯につかり、踏み切りを眺めに行く。

    その日常の中にそっとひそんだ知性。

    早く、また、小説を書いてくれないかしら。

  • 著者の視線、そこから透ける日々の送り方(ひいては生き方)を改めて羨ましく思った一冊。もう今では無くなってしまったもの、望むべくもないような日本人の心根を感じさせてくれる。置き忘れたある本のその後を描いた一編と、短歌選者を描いた一編が特に心に残った。

  • 『ひとのからだにも、電柱にも、水に浮かぶまつげの頼りなさにも、過去はひとしく内包されている。このあたりまえを写真ににじませることは、ずいぶん難しい。過去と現在の同居ならば、むしろことばをつかうほうが便利と思う』ー『つねに見送るひと』

    石田千はつくづく視覚の人だな、と思う。目がいい。そう言えば、自分には風景がはっきりと見えた記憶がほとんどない、と思い返す。唯一ある鮮明な景色の記憶は、初めて眼鏡を掛けた時。世の中って、こんなに明るくて、鮮明なものなんだ、と思った。今は、近視に老眼が入り、掛けても外しても世の中は、ぼやけている。目のいい人はうらやましい。でもぼやけて見えて、丁度よいのかも知れない。

    石田千の捉える景色は、写真の描写する世界とは違う。そこに佇むものや人の背後にある時間の流れを、さっと読みとり、言葉による絵に、にじませる。それはきちんとした時間の多重露出。でも、いつもちょっとピンボケのような味わいがある。目がいいくせに、手元があやしい。その風味がまたいい。

    石田千は、たぶん気配も含めて景色を見ている。いやむしろ、気配に気をとられている。だから焦点は現実にそこにあるものから容易にずれ、気配につられてどこまでも漂う。ほんの少し、聞こし召した体で、どこまでもふわふわとついて行ってしまう。その時、地上に自身の身体をつなぎとめるように、言葉をぽつりぽつりと並べる。言葉のつながりはあるようでないようで。それと一緒になってついて流れていくと、存外心地よい。

    それを技と呼ぶことは石田千の意思に反することになる。でもそれは石田千にしか書けない言葉の連なり。技がだめなら文体と言おう。

    目の悪い自分は、自分の目玉で見たものと写真機が写しとる二次元の差が面白いと思う。それと同じずれを石田千の風景を写しとる文書からも感じて、やっぱり面白いと思う。例えば、盛んに出てくる上野辺りの景色。言われて思い浮かぶ風景が、別の顔つきで石田千には微笑んでいるようにみえる。そこを通り過ぎる速度が違うのか。無機質のはずの景色は、お喋り好きの馴染みの人のように、石田千の頭の中に様々な言葉を吹き込んでは浮かび上がらせる。それをできるだけぽつりぽつりとゆったりついて行く。

  • 私には難しいところも多かったけど,いい本,という感想を持ちながら読み,かなり終盤になって女性だったのか!と気付き読み直そうかなぁと迷った。子どもの頃の思い出とか,こんな風に語れるのは素敵。私の思い出もそうなんだよなぁと思わされる。

  • +++
    からりと晴れたら町に出て、風邪をひいたら本を読む。銭湯、寄席、銀座のバアでも商店街でも、いつもなにかに手をひかれ、かならずだれかとめぐりあう…。ありきたりな日々の、ゆたかな時間を綴るエッセイ。
    +++

    いつもながら、興味の向う先、その切り取り方に著者らしさが現れていて魅力的である。目線の先にあるものへのまなざしのあたたかさ――ときには辛辣さ――が飾らなくてとてもいい。どっぷりと中心に浸るのではなく、やや斜めから、外側から観察するように向けられる視線がたまらない。言い切りがいつもよりもやさしく感じられるのはわたしだけだろうか。寄り添ってともに歩いているような心地の一冊である。

  • また読みたい本が増えてしまった。

  • 2015 3/14

  • 前半は書評というより感想文。千さんは独特のカンジ方をするようで、ソコが響くとたまらないだろう。紹介された本は「読んでみたい」というより、「読んでから」触れたい。

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著者プロフィール

石田千(いしだ・せん)
福島県生まれ、東京都育ち。國學院大學文学部卒業。2001年、『大踏切書店のこと』で第1回古本小説大賞を受賞。「あめりかむら」、「きなりの雲」、「家へ」の各作品で、芥川賞候補。16年、『家へ』(講談社)にて第3回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。16年より東海大学文学部文芸創作学科教授。著書に『月と菓子パン』(新潮文庫)、『唄めぐり』(新潮社)、『ヲトメノイノリ』(筑摩書房)、『屋上がえり』(ちくま文庫)、『バスを待って』(小学館文庫)、『夜明けのラジオ』(講談社)、『からだとはなす、ことばとおどる』(白水社)、『窓辺のこと』(港の人)他多数があり、牧野伊三夫氏との共著に『月金帳』(港の人)がある。

「2022年 『箸もてば』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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