感想・レビュー・書評

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  • そばにまつわるエッセイ38編。池波正太郎に始まり檀一雄で終わる。タモリ、群ようこ、黒柳徹子等バラエティーに富む内容。

  • 色んな方のが読めるのがいい。

  • アンソロジー、そば。
    で、特になんの説明もなくひたすらそばに
    関するエッセイだけで良し。
    最近のお仲間感ばかりアピールする
    アンソロジーには辟易する。
    最近なぜか蕎麦が食べたくて食べたくて、
    読んでまた食べたくなった。
    小さい頃はあまり好きじゃなかったのに、
    これが大人になるということか…
    まだ日本酒も飲めないけど、
    蕎麦屋での一杯には確かに憧れる。
    ただ、東京のまずい水で作るそばに
    美味いも不味いも差があるか?と思う長野生まれ。
    やはり知り合いがやっている蕎麦屋の蕎麦が一番美味しいな。
    県外車も多いわけだ。

  • 一行目:ひとりで町を歩いていて、ひとりで酒がのみたくなったら、私は迷わず蕎麦屋でのむ。
    老舗蕎麦屋の話が多いが、自分でも打ったり、奥地までわざわざ食べに行ったり、店主の人柄であったりー。これまでのカレーライスやお弁当とおは違った味わいでまた面白い。
    特に、どうしても蕎麦=お酒となるようで、呑んだ話と一体になっているものが多い。ごくり。

  • 2015-9-7
    蕎麦が食べたい

  • この間は別のアンソロジーでラーメン読んで、
    どうしてもラーメンが食べたくなった。
    もちろん、食べた。
    今回ももちろんそばが食べたくなった。
    あいにく、在庫がなくて食べれなかった…。

  • 面白い。カレー編より面白いかも。

  • いいね、そば。
    普段はうどん派だけど。
    タモリのように、おそば屋さんに入って軽くつまみも頼んで
    、陽の明るいうちからお酒を飲む、一回やってみたいな。

  • そば、とくれば「江戸っ子」だろう。関西人としては、心のどこかに「ケッ」という気持ちがあるのを否定しがたく、そばなんてそんなおいしいもんじゃないよね、他にうまいものがないんでしょ、大体東京の麺類の真っ黒な汁はどうよ、なぞと悪態をつきたくなる。ところが、これを読んでると、むらむらと、ああ、おいしいそばが食べたい!今すぐに!と、新幹線に飛び乗りたくなってしまう。

    そばを語るのは、江戸(東京)を語ること。池波正太郎、杉浦日向子、山口瞳、吉行淳之介、松浦弥太郎…、名だたる名手たちが登場して、滋味あふれる語りを聞かせてくれる。池波・山口両氏のものは、以前読んでよく覚えているものだった。こういう練達の語りをもう読めないのがあらためて寂しい。

    一方で、関西出身者のそば語りも載っていて、これがまた面白い。川上未映子さんが、いつものリズミカルな言葉で、はじめて東京でそばを食べた時のオドロキを語っていて、そうそう!とうなずく。中島らもさんが、蕎麦屋で酒を飲むクセがついたのは何故かということを書いていた。大衆酒場はやかましくて耳をおおいたくなるが、「そば屋には酔っぱらいがいない」「見たことありますか?そば屋で大酒飲んで隣の客にからんだり、友人にかつがれて帰ったりしている人を」。うーん、確かに。有線のない店も多く、「ひっそりした店の中で、まばらな客から少し離れて、ほんの少し後ろめたい思いをしながら酒を飲むのはいいものだ」。ちょっとやってみたくなるなあ。

    もちろん、地方のそばも様々出てくる。このシリーズはいつもそうだが、バラエティに富んだ書き手が選ばれていて、自分からはまず手を出さない方の文章が読めるのが楽しい。今回は、神吉拓郎氏、獅子文六氏のものが、どちらも飄々とした味わいで面白かった。

    表紙の写真はかけそば(関西ではこういう言い方はしないと思うが)。先日夕刊で連載中の「勝手に関西遺産」で、「東京のネギは白い」ということを知り、びっくりしたが(いやあこの歳になっても知らんことっていっぱいあるのね)、この写真で、やっぱり、と確認。汁も当然黒いねえ。思い出すのは京都での大学時代、東京出身の友人が大学食堂で初めてうどんを食べた時の話だ。うすーい色の汁に困惑した友人は、そうか!これは自分で醤油を入れて味をつけて食べるんだなと思い、卓上の醤油をたっぷり入れたそうだ。当然食べられたものではなかったわけだが、周囲からの冷ややかな視線が悲しかったと言っていた。悪いけど、笑った。 

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著者プロフィール

大正十二(一九二三)年一月二十五日、東京市浅草区聖天町生まれ。昭和十(一九三五)年、下谷区西町小学校卒業、株式仲買店勤務。昭和十四年より三年ほど証券取引所にあった剣道場へ通い、初段を得る。旋盤機械工を経て昭和十九年、横須賀海兵団入団。敗戦の翌年、東京都職員として下谷区役所の衛生課に勤務。昭和二十三年、長谷川伸門下に入る。昭和二十五年、片岡豊子と結婚。昭和二十六年、戯曲「鈍牛」を発表し上演。新国劇の脚本と演出を担当する一方、小説も執筆。昭和三十年、転勤先の目黒税務事務所で都庁職員を辞し、作家業に専念。昭和三十五年、『錯乱』で直木三十五賞受賞。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』の三大シリーズや『真田太平記』等、数々の小説で人気を博す一方、食や映画、旅に関する著作物も多く上梓した。受賞歴はほか吉川英治文学賞、大谷竹次郎賞、菊池寛賞等。平成二(一九九〇)年五月三日、入院していた東京都千代田区神田和泉町の三井記念病院で死去。小社では同じく単行本未収録のエッセイ集『一升桝の度量』(二〇一一)と初期戯曲集『銀座並木通り』(二〇一三)を刊行している。

「2022年 『人生の滋味 池波正太郎かく語りき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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