曳船: 吉川宏志歌集 (塔21世紀叢書 第 80篇)

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  • 短歌研究社
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  • Amazon.co.jp ・本 (166ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784885519642

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  • 夕暮れのあなたのなかに消えてゆく梯子のような雲を見ていた

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    「夕暮れの〜梯子」までが喩えとして雲にかかっている、と解釈した。「消えてゆく」「梯子」と、届かないあなたへの朧げなイメージを持たせて、「〜のような雲を見ていた」でふっとただの雲の景色に回収させるような、ノスタルジックなあっけなさがある


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    紅葉の山を過ぎ来し両眼がトンネルのなかぎゅっと縮みぬ

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    両眼が主役なのが良くて、読み手の眼の感覚に直で訴えかけてくる。ドライブ中かなんかで、紅葉がばーっと広がっていて、トンネルに入っていく瞬間の、ぎゅっという感じ。ただ「トンネルの中に入ってゆく」と言うのに比べて没入感が違う


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    びにーるの袋の透けて果物のあらわれながらあゆむ人あり

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    「ビニール」という単語を使うこと。この「ただ果物の入ったビニールを提げて歩く人」を主題にすることの禁欲性。"いま風"の短歌の潮流をこの人が作っていったんだなという印象を受けた。「びにーる」とひらがな表記したときの丸みとか、「の」の語感とか、語順に、くだものがぬっと現れてくる感じにうまく効いてる。


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    このまま曳いていくしかない舟に紫苑の花を載せてゆくんだ

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    異色のうた
    紫苑の花言葉「追憶」「君を忘れない」
    この歌集ではめずらしい句またがり(このまま曳、いていくしか、ない舟に)に、留まりたいんだけど流されていくしかないむなしさを感じる。
    「ゆくんだ」というまたもやらしくない言い切り方。他の歌と並べることで際立って迫力のある歌になってる


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    アパートの夜の階段に座りいし妻は水鳥だった気がする

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    まず、アパートの夜の階段になんで座ってるんだという。ちょっと汚い感じがするし、良くないことがあったのかなと思っちゃう。
    そんな妻を水鳥に喩えてるんだけど、「水鳥」って微妙に抽象度が高くて、白鳥とか、鴨とかじゃなくて、水鳥。バシッとイメージが決まらなくて、綺麗なのも、濁っているのも混じっている曖昧なイメージ。
    「だった気がする」っていうのも、断定(だった)?と思わせて、だった気がしただけ、という曖昧さ。
    でも、この歌がどこか映えるところに妻が座ってそれが白鳥のようである。っていう歌だとしたらなんか冷めるわけで、
    この暗くて少し濁ったところも受け止めて、水鳥に喩えようとして曖昧に逃げるところなんかすごいリアルで愛を感じますよね、そんな気がします

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著者プロフィール

吉川宏志(よしかわ・ひろし)

1969年宮崎県生まれ。京都大学文学部卒業。現在、京都市在住。
1995年、第1歌集『青蝉』を刊行。翌年、第40回現代歌人協会賞を受賞。
2016年刊行の第7歌集『鳥の見しもの』で、第21回若山牧水賞と第9回小野市詩歌文学賞を受賞している。
歌集には他に、『夜光』、『海雨』、『曳舟』、『燕麦』などがある。
評論集に『風景と実感』、『読みと他者』など。
塔短歌会主宰。京都新聞歌壇選者。
Twitter:@aosemi1995

「2019年 『石蓮花』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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