- Amazon.co.jp ・本 (150ページ)
- / ISBN・EAN: 9784907623203
作品紹介・あらすじ
努力が報われず、抵抗が無駄に終わるのはなぜか。
本書では、「世の中」と「頭の中」の関係を明らかにし、閉塞感や苛立ちの原因に迫ります。
本書のタイトル、〈「無理」の構造〉は、〈理(ことわり)なきことのしくみ〉、あるいは〈理不尽さメカニズム〉とも言えます。
そして、本書のキーメッセージは、
「理不尽なのは〈世の中〉ではなく、私たちの〈頭の中〉である」
です。
感想・レビュー・書評
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どのような「無理」の構造だろう?と思い手に取った。
著者の、具体と抽象トレーニングの本は読んでいたが、この本も読んでよかった。「知らない」→「知っている」の不可逆的な流れなど、通念的に対象と呼ばれるものの非対称性を理解した上で、例えば組織の状態(スタートアップor大企業など)に応じて求められる能力をメタ認知するなど、物事を多角的に捉えることで、通常自分が理不尽だと思っていることを捉え直すことができ、無駄な悩みがなくなっていくという理解をした。
具体例に助けられて納得するレベルなので、またまだ「抽象的」に理解できていないと思う。何回か繰り返し読み深めたい。
【心に留めておきたいフレーズ】
・能動的な人(型破りで個性的で、他人を平等に扱い、正直で正義感が強く、言いたいことをはっきり言う人)と、受動的な人(平凡で、上の人にはへつらって下の人には偉そうにし、現実的なことばかり考えて、うまく本音と建前を使い分けて、言いたいことがあっても黙っている人)を前者と後者とすると、実態としての人数や必要な場面の数では1:9であるのに対して、「あるべき姿」として公の場で語られる割合は全く逆の9:1になっているねじれ現象からさまざまな理不尽さが生まれている。p44
・「新しい変化を望む人」(革新派)と「これまでのままで変化を望まない人」(保守派)との関係も同様と言えます。(中略)挑戦者が安心して挑戦できるのは、実は多数の「挑戦しない」人たちの日々の地道な活動に支えられているから、ということも忘れられがちです。p45
・ついつい私たちは自分の経験が世界の全てになってしまうがゆえに「こういう場合は、、」の部分をスキップして「こうすべきだ」のメッセージを一人歩きさせてしまいます。
(何か結果が出た時、ある要因を「こうしたからうまくいった。だから、こうすべきだ」としてしまいがちだが実際は、「こういう状況だったからうまくいった」という、要因にしかすぎない)
p136
・視野の狭さを克服するには、多種多様な経験をするのがもっとも有効なので、経験談としては、さまざまな「変数」を経験した人の方が説得力があります。ここでいう「変数」というのは、ビジネスと非営利活動、業界、職種、付き合っている相手の属性などを指します。p137
・視野の狭さをもたらす三通りの無知p131-133
「部分を全体だと思ってしまうこと」(に気づかないこと)は本当にやっかいです。この自覚がないと、理解できないことを否定することになり、「理不尽なこと」がいつまでたっても解消できないことにつながります。
①事実の無知
知識力。
②範囲の無知
程度の無知。大小、本物・偽物、レベル
③判断の基準そのもの
芸術作品の「おもしろさ」、国や世代の「価値観」など、他人に指摘されてもなお「そういう世界がある」と理解し難い
気付きやすさでは1.2.3の順だが、重要性でいくと、気付きにくい1.2である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
知識+思考
思考=具体と抽象の往復で新たな知を生み出すこと
抽象→意図を持って、共通項を抜き出して、パターン化しもの
受動的→主体的に動く→主体的に考える
問題を発見・定義する人 or 問題を発見する人
変数、論点、視点を決める人→変数発見者
変数を最適化する人→変数最適者
フローとストック
フロー→変化、取引、行動、損益、パフォーマンス、思考、微分
ストック→蓄積、資産、状態、バランスシート、能力、知識、積分
成功の反意語は...何もしないこと
失敗は性能の紙一重 成功=失敗=変化を起こす試み
一見対極にあるものを"折り曲げる" 84
見えている人と見えていない人の非対称性
→根本的 -
CY23-011
見えている人vs見えていない人 -
【概略】
「理(ことわり)」というものは、人類が今日に至るまでに育まれ、幾多も存在する・・・と思われている。その一方で我々が勝手に「理がある」「本来同等でないものを同等だと捉えている」が故に「理不尽」という言葉も誕生している。本書では、「理がない=無理」という概念を理解することで、読者が不必要に生み出し自らを苦しめる理不尽という感覚を取り除かんとする。
2023年10月07日 読了
【書評】
「具体と抽象」「自己矛盾劇場」に続き、細谷功さんによる「無理」という概念を学ぶ本。
まえがきの部分で細谷さんが「本書は、私のこれまでの著作で別々に発信してきた・・・(中略)・・・シンプルなメッセージとしてまとめたものです」とある。・・・のだけれど、今まで手に取った細谷さんの作品の中では、最も読了後の爽快感が浅いものとなってしまったのだよね。逆に言うとそれだけ(特に「具体と抽象」が)前作品の腹落ち感が尋常ではないことを意味しているのだけれども。
爽快感が浅いというのは、読者としての自分が本書で列挙されているものを(言語化できないまでも)自覚しているからかもしれない。この本でしばしば使われる「非対称性」を示す例として「悲観と楽観」というものがある。言葉の意味・定義としては悲観・楽観は対になっているけれど、悲観論の方がなぜか賢そうに見えたりする。そういうニュアンスって、感じない?総合格闘技の世界でも、実況と解説があるのね。今もなお現役で、且つ信奉者の多い青木真也さんは、その解説もまた理論的で技術に裏打ちされたものが多い。格闘技について詳しくなればなるほど、観客としては青木真也さんの解説に「そうだったのか、そんなとこを見てるのか!凄いな!」となる。その反面、少し悲観的(斜に構えた?)なテイストがあって。それに対し、大沢ケンジさんという自らもジムを経営し、選手のセコンドにつきつつ、時に試合の解説などをする方などは、(例えがいいのかな)本田圭佑さんや松木安太郎さんのような感じ。観客をアゲるような感じ。技術的なことがあまりわからない観客でも、その熱さで格闘技を観戦することが楽しくなってしまいそうな。「悲観論の方がなぜか賢そうに見える」がモロに当てはまっていて、格闘技オタクからは大沢さんに対して時に辛辣なコメントが残されることがある。大沢さんは「否定的なコトを言うのは簡単なんだよ、伝染させやすいから。盛り上げることとか楽観的なことを言って伝染させるのって、難しいんだよ」なんてボヤいたりしてる。そうなのだよね、ネガティブなことの方が伝染が早い。
・・・と、この書評自体ネガティブなトーンに見えてしまっているかもしれないけれど、あくまでこれは喜餅という読者の目線で見たからであって、決して読むに値しないということでは、ない!と強く言っておきたい。問題は、ここで列挙されている「無理の構造」を理解し、自らの人生にいかに取り込み、実践するか、なのだよね。冷静な、当事者でない時に様々な「無理」を傍聴することは難しくない。他人事だから。でもそれがイザ自身の生活の中で眼前に横たわったら、一瞬でこの本で感じたことを忘れてしまい、自らを理不尽にさいなまれる主人公に仕立て上げてしまうと思う。そう考えると、やはり「具体と抽象」のように、定期的に目を通し、精神と肉体にじっくりゆっくりと「無理」というテイストを沁み込ませる必要があるのかもね。 -
自分の中でモヤモヤしていた感覚が見事に言語化され、腹に落ちました。処方箋の本では無いです。が、この無理の正体を理解して、自分の考え方をポジティブに修正することができます。
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筆者の具体と抽象をはじめて読んでから、コミュニケーションのモヤモヤしたものの正体が見えたことに感動して、他の書籍も順々に読んでいるところです。まさに知った後と知る前では見える世界が異なる感覚がありました。
この「無理の構造」を読んで、最近もやもやと感じていた、仕事上の悩み(じぶんの仕事量、質が多く業務振り分けの不公平感がある、上司の求めてる意図が分からない、自分の悩みを上司がわかってくれないなど)に対する、答えが書かれていて、心が軽くなった。
各章で学んだこと
第2、3章
自分は、目の前の事象に対しての行動ばかりとっている=具体しか考えられていない→知識を高めて、具体⇄抽象の行き来できるような思考力を高めたい。
第15、17章
自分自身がいちばんかわいい、業務の分担においても自分だけが損している、不公平だと不満を感じていた→自分にとって都合の良い考えになっていないか?人生は不公平。自分自身の中心から離れてメタ認知する、比較対象はいつも自分。
第16章
上司と自分は見えているものが異なる、コミュニケーションをとっても完全には分かり得ない。→相手に自分のことを理解してもらおう、自分が相手のことを理解しようは無理な話。言葉の意味の共有は難しいからこそ、わからないが前提でコミュニケーションをとろう。、 -
「具体と抽象」と同じく、これもよくっこの構造を発見したなと感心しかない。
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3.3
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天岩戸の話が良かったです。
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フローとストック。対称のようで1度溜まったものは減らせない。不可逆的な関係。