シベリア流刑から帰朝した1858年以降、1863-66年の期間に発表された作品、いわば後期の初めころに書かれた以下の中編を所収。
『冬に記す夏の印象』そして『地下室の手記』『鰐』『賭博者』を収録。
※ 『地下室の手記』『鰐』『賭博者』は、他の文庫版で既読。
『冬に記す夏の印象』。
ドストエフスキーが40代のとき、初めての海外旅行。念願だった欧州への旅に出た。その旅について書かれた作品、「旅行記」である。
パリ、ロンドン、ベルリン、ジュネーブ、ジェノバ、フィレンツェなどの諸都市を巡ったという。二カ月半の旅であった。
『冬に記す夏の印象』…なんとも抒情的な印象を与える表題で、これを読もうとこの巻を手にした。だが…
かつてこれほどまで、爽快感に程遠い旅行記・紀行文があっただろうか。旅の空の下をゆく気分に誘い、ときに旅情を感じさせる風通しのいい紀行文ではない。
ねちっこく綿々と語られ、ときに呪文のような文章で、つまりはドストエフスキー節でつづられる。
ドストエフスキーが初めてのヨーロッパ旅行、かの文豪は果たしてどのように見聞を深め、感慨を抱いたのかな、という興味に対しても、ほぼ期待した読後感は得られなかった。少なくとも、一般的な紀行文を前提とした期待値には応えてくれない。でも、これもまたドストエフスキーなので仕方あるまい。
ちなみに『冬に記す夏の印象』という表題だが、『冬』はロシアを指し、『夏』は西欧諸国を指すそうである。
ロシア人による西欧文明への憧憬、これについての論考もある。