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感想・レビュー・書評
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著者のフランシス・ニュートンとは、実は世界的に高名なイギリスの歴史学者エリック・ホブズボームのジャズ評論を書くときのペンネームで、1917年6月9日生まれですから今年93歳。
彼の、ロシア革命の年にエジプトのアレキサンドリアに生まれて、オーストリアで幼年期を過ごし、1930年代にはドイツで共産主義者同盟に入ってナチスと闘い、イギリスへ渡ってはケンブリッジ大学で博士号を取得した後、ロンドン大学で教え、そしてイギリス共産党に入党してスペイン国際旅団にも参加した、筋金入りの戦闘的マルクス主義者としての闘う波瀾万丈の人生は、自伝的歴史書である『20世紀の歴史・・極端な時代』や『わが20世紀・面白い時代』に思いの丈を詰め込んでいますが、これがもうめちゃくちゃ面白くて、息もつかず読んだ記憶が蘇ります。
本書は、出版されたのは1959年、ということは著者42歳のときのものということになりますが、今では常識の、当たり前の世界共通認識となっている、ジャズとは黒人の抵抗音楽だということを50年以上前に初めて言及した記念碑的な著作です。
当時すでに、歴史学者として『素朴な反逆者たち・・思想の社会史』(1959年刊行、邦訳は1989年)や、『市民社会と産業革命・・二重革命の時代』(1962年刊行、邦訳は1986年)を出している学究の徒だった彼が、何故、この本を別の顔でどうしても書かざるを得なかったのか?
それは、上下巻2冊のボリュームのこの本は、一般の音楽ファンに向けて書かれたという体裁ですが、頁をめくって読んでいくと、たちまち引き込まれて、寝食を忘れて読んでしまうという魔力に満ちた本です。
一般向け? とんでもない。音楽や芸術全般にも、ジャズそのものにも、そして楽器や演奏者のひとりひとりにも、それこそ長年付き合って心のひだのひだの先をも理解しているような、各楽器の肌艶まで熟知しているような、愛情にあふれた感情豊かな表現・描写・断定それにインスピレーションにきらめいた記述が、読む者をして圧倒されるのです。
正直言って、たとえば油井正一や相倉久人や平岡正明など、この後に読んで薫陶を受けたジャズ書は何十冊もありますが、本書で味わったような感動的な体験、目の前で微に入り細に入る歴史の体現をさせてもらったものは皆無です。
93歳でご存命のようですが、ご本人はどう思われているかは存じませんが、私としてはこの本を彼の主著としてもけっして不名誉なことではない気がします。