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- / ISBN・EAN: 4547462042576
感想・レビュー・書評
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大企業による隠蔽に立ち向かった女性の物語。
被害者一人ひとりに向き合い、決して妥協せずに大企業と戦う様はかっこいいし、憧れる。ラストの老年弁護士とのオフィスでの会話は、ユーモアがありつつも心に響く。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
こんな風に全力投球したい。
最近のもやもやがわかった。はっきりと羨ましいと思う。 -
この作品のジュリアロバーツは、なんか好きだ。
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ヒュンダイが!!!ヒュンダイが!!!!!!
ずっと観たいなーと思いつつスルーしてたのですが、
姉貴に「超面白いよ~」と言われたので今さら鑑賞。
ソダーバーグ監督作はそこそこ観てるんだけど、
この人は多作すぎてなかなか追いつきません(笑)。
ほぼ毎年新作を発表してて、最近は年間2本ペース。
どんだけ仕事しとるんじゃい!!って感じですね。
特に好きな監督ではないんだけど、今まで観てきた作品の印象としては
静かな感じ、淡々としてる感じがあります。
それと社会派的な題材の選び方をすることが多いんですが、
できあがったものはちゃんとエンターテイメント性があるので
硬派な感じはあまりありません。
この『エリン・ブロコビッチ』は公害訴訟の話+サクセスストーリー。
昔、映画好きの人と「泣けるツボ」について話したことがありますが、
その人は法廷ものに弱いと。
で、法廷ものの場合は社会正義が勝つ、というのがセオリー。
あとは相手を崩すテクニック的な面白さがありますよね。
(要はゲームの『逆転裁判』)
この映画は法廷ものではないですけど、基本的にはその社会正義が勝つというセオリーどおり。
どこが違うかというと、弁護士や検事ではなく、「下から行く」ってところ。
そこがサクセスストーリーや生活感につながってます。
「法廷もの」は僕の泣きのツボでは全然ないんですが、
これは違ってて、若干「家族もの」の要素があります。
これが僕の泣きのツボ。あと「下から行く」ところね。
ひどいもんで10分に1回泣いて、うるうるっときてしまいました。
たぶん、女性で涙腺弱い人はもっと泣くかもしれん。
あと会話の面白さがあります。
笑って泣けます、これ。
アーロン・エッカートがヒッピー崩れというか
イージーライダーまんまの見た目のキャラで出てきます。
アーロン・エッカートは好きなんだけど、彼が非常に女々しい(笑)。
脚本書いてるのは女性なんですが、今までの男女の立場がそのまま逆転した感じになってる。
ここをもうちょっと描いてたら面白かったのにな、と思いました。さらっとしてた。
女々しいなら女々しくていいんだけど、中途半端な感じがします。
冒頭に書いたヒュンダイ。
『ブライズメイズ』と同じく、この映画もヒュンダイがステータスを表してます。
最初は日本車かと思ったんだけど、ヒュンダイでした。
ただこの車、北米市場では三菱が販売してたりします。
途中、ドアの片側だけプラサフでグレーになるんだけど、そこも面白い。
そういうとこ含めて、『エリン・ブロコビッチ』の系譜は『ブライズメイズ』に繋がってきます。
ジャンルは違うけど、『アルゴ』よりこの映画の方が全然好きです。
サスペンスやミステリよりも、コメディやドラマ、バイオレンスの方が好き。
この流れで『インフォーマント!』を観てみたくなりました。 -
やべー
超おもしれー
熱い! -
この映画が多くの女性の共感を得た理由が今ならわかります。働く女性のサクセスストーリーであることは勿論、エドとジョージという2人の男性の存在がとても大きいんじゃないかと。
女を支えることができる男。女の成長を待つことができる男。自立と成功を目指す女性にとっての理想の男性像がここにあるんじゃないでしょうか。(って、こういう感想書いてる人はあまりいないようですが)
え、お前は同じことができるかって? いやぁ、エリンみたいな女性ががいたら多分近づかないなぁ ←ダメじゃんw -
アメリカ史上最高の賠償金を勝ち取ったストーリ、序盤のどん底からぐっと盛り上がる感じ、アメリカンサクセスストーリーって感じ、好きですよ。
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映画「エリン・ブロコビッチ」は2010年に公開されたアメリカ映画である。大企業から記録上最高額の和解金を勝ち取った一人の女性の実話を基にした作品だ。
舞台はカリフォルニア州モハベ砂漠の小さな町。エリンは二度の離婚を経験していて三人の子供の母だが、無職。なんとか生活を保とうと彼女はある日仕事探しに行く。不運にも帰りに交通事故に巻き込まれたエリンは、裁判で弁護士のエドに弁護を依頼する。裁判は彼らの思い通りにいかずエリンは和解金を取り損なった。貯金も底を尽きていたため彼女はエドの法律事務所へと押しかけエドのアシスタントとして働くことになる。独特な働き方をするエリンだが、彼女は書類整理中に奇妙なファイルを発見する。これをきっかけに彼女は多額な和解金を大企業に対して要求することになる・・・。
大企業や政府は彼らの都合の良いように情報を曲げる。劇中に出てくるPG&Eという大企業は工場から出たクロムを好き勝手に地下水に垂れ流しにしていた。無論住民はこの物質が有害だとも知らずに地下水を生活に使っているため、病気になり苦しむ人々も出ていた。被害者がいるのにPG&Eは地下水に排水しているクロムは人体に影響はないと嘘をつき続けた。彼らは、人々はどうせクロムがどのような影響を及ぼすか知らないだろうと情報の非対称性を利用し対策を講じない。大企業や政府が彼らの本当の意図を人々に伝えない問題は、終戦後直後にも指摘されている。当時の文部省の指定教科書は「国語」ではなく「言語」と「文学」の二つが発行されていた。「文学」は今の「国語」であり、「言語」は今で言うメディアリテラシー教育だ。文部省はおそらく「言語」教育を通して日本国民に人々が語りかけている本当の意味を理解できるようになって欲しかったのだ。しかし、ソビエト連邦が1948年に核実験に成功し冷戦が深刻化すると「言語」という単元が消え、「国語」だけが残った。政府は日本がどのような深刻な状況にいるか国民に知ってほしくないがために、分析力を鍛える教育を取り消したのだ。PG&Eと同じく、自分らに都合の悪い情報を隠し政府の立場を守ろうとしたのだ。クロムに汚染された地下水を飲料水として使用していた住民には、それが何かも知らないため訴えようがない。終戦直後の日本の様に冷戦が深刻化しているのにも関わらず、「言語」教育が取り消されたため一般人は何が起こっていて政府の言っていることがどれだけ正しいか分析する力が養うことができなかった。ドラゴン桜の桜木先生が「社会のルールは頭のいいやつの都合のいいように作られている」と言っていたのは、まさにその通りなのだ。 -
18.5
「エリン・ブロコビッチ」で、ジュリア・ロバーツが第73回アカデミー賞主演女優賞を受賞した。
エリンは、3人の子供を抱えるバツ2のシングル・マザーな上、無職である。仕事探しの帰りに交通事故に巻き込まれるが、訴訟で負けてしまう。その後、裁判で自分を弁護したエドワードの事務所を訪問し、弁護士事務所の仕事を要求する。仕方なしにエドワードは彼女を雇う。
この作品は、実話を土台にしている。ソダーバーグ監督は熱心に題材となった事件について調査し、脚色を殆どしていないらしい。映画の中でのヒンクリーの被害者たちは、自分たちが騙されていることを知らずに生活を続けていた。PG&Eは好き勝手に住民の地下水をクロムで汚染し、害があると分かっているのに住民には水にクロムが入っているけれど身体に害は無いと嘘をついた。2000年に公開されたこの作品を2011年に観ても、PG&Eを他の会社に重ねることは容易である。3・11が起こり、福島県の人を初め多くの人々が東京電力の原子力発電所により被害を受けた。東電は、損害賠償請求書の記入方法を示した案内書だけで約160ページ、記入用紙は約60ページにもなる書類を被害者に送った――高飛車にもほどがある、と私は思う。被害者を沢山の書類で埋葬して、被害賠償の責任から逃れようとしているとしか思えない。このようにいつの時代でも個人は、大企業に蔑ろにされる。ただし、一方的に大企業を批判することはできない。少なくとも福島の住民は原発によりそれなりの恩恵を受けてきたからである。原発にまつわる様々な雇用が生まれた。ヒンクリーの人々もPG&Eに雇われて生活を送っていた。このように問題は複雑であるが、だからといって大企業が個人を蔑ろにする行為を無視してはならない。エリン・ブロコビッチみたいに立ち上がって行動を起こすことが大切なのだ。福島の人々も現状を受け入れるのではなく、東電に被害賠償の書類をわかりやすくするように抗議している。残念ながら、東電はたいした改善をしなかったが少なくとも人々は行動して不満を訴えた。これからも大企業は個人を配慮するよりも利益を優先するだろう。それでも、この作品は個人で行動を起こして戦い続ければ大企業にも勝てるという実話を描いている。そこには僅かな希望がある。 -
撮りだめしていたもの。
ジュリア・ロバーツのマシンガントークは爽快!!
素直にかっこいいなぁと思った。