- Amazon.co.jp ・電子書籍 (224ページ)
感想・レビュー・書評
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俺が仕事をする業界で最近大きな事故というか事件があり、事故を起こしたわけではないうちのカイシャにも、自治体からも国からも、あれこれ調査がくる。もちろん事故は怖いから、それ以前から対策し、注意もしている。重みはわかっているつもりのところに重ねていわれると、これ以上どうしろと?という気持ちにもなる。それでも事故は、なくならない。自分がその当事者になって、カメラに向かって頭を下げる立場にならないことを祈るばかりだ。
そんななかで手に取った本書。勉強になったし、知的な面白さも感じさせてくれた。
アメリカ式の近所で知り合いから運転を教えてもらって試験を受け免許をとった人たちの方が、がっちりと教習所で訓練を受けた人たちよりも統計的に事故が少ないという。あるいはヒマラヤ登山のような高い山。登山路が整備され、道具が開発されるほど死亡事故は増えていく。タバコの発がん率は、それが指摘され始めた当時より、ニコチン、タールの含有リスが下がったあとの方が、高まったという。
安全対策がなされても、事故はなくならない。なぜなら、対策がなされることによって、リスクに向かう人の行動がかわるからだ。
事故を起こすのは、機械や道、タバコのようなドラッグではなく、それを扱う人だから。
安全対策をすればその分だけベネフィットをとろうとして、リスクは同じ水準まで高まる。リスク・ホメオスタシス理論というのは、なかなかなるほどな話だ。
このところ、事故対策をしろ、マニュアルをつくれとプレッシャーをかけられ続けた立場としては、だよねぇ、と納得する話だった。
もちろん、だからもっと注意しましょう、では終わらない。
70年代に比べれば、交通事故はマスとしては減っているのだ。機械的な安全対策は決して無意味ではない。
筆者はいう。
「命を大切にする気持ち、仕事を大切にする気持ち、仲間に対する思いやり、上司や経営者への信頼、家族や親しい人への愛情などが安全への動機づけを支え、リスクの目標水準を引き下げているのだと思う。」
気持ちといえば気持ちなのだろうけど、単に気をつけるのではなく、行動規範としてのリスクとベネフィットをバランスさせる工夫が大切なのだと思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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自動運転の技術が日進月歩で開発され、高い防潮堤が築かれ、定期的に防災訓練もしているのになぜ事故は起こり続けるのか?
人間は、技術が進歩するとそれに応じて自分の行動を変える修正があるらしい。
例えば、自動停止機能付きの車に乗っているとして、その機能に頼って周辺に注意を向けずに結果として事故を起こす、というようなことがあるらしい。
これは自動停止機能という本来の目的、事故を減らす、ということに関しては明らかに逆効果になっている。
このようにシステムだけではなく人間も含めてシステムを構築しないといけないよね、というところが本書の要旨である。 -
リスク・アセスメントの結果として許容しうるリスクがある。
メールやサーバーを通して秘密文書を送ろうとする時、送信先を間違えたり、送るファイルを間違えたりすることがありえます。送信者や送信ファイルを決めるのは人間ですので、いくら気を付けてもどこかでミスが発生する可能性が高いです。
知財の場合、上記のようなミスが発生した場合、アイデアが外部に漏れ、新規性を喪失する可能性があります。そうなれば、送信に含まれていた内容は特許になり得ません。知財にとって、送信ミスは、許容できないリスクです。
また、審査官へ反論する機会について、厳密に期限が設けられており、それを徒過した場合、出願が失効となることもあります。
知財業は、積極的にリスクを取りにいくよりも、リスクを減らすことの方が重要かもしれません。