下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち (講談社文庫) [Kindle]

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著者 : 内田樹
  • 講談社 (2009年7月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (145ページ)

下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 衝撃でした。2007年に発刊された本。自分として、どの立場で読んでいいか右右往左往しながら読みました。(付箋をつけながら読んだら、大変な事に!いっぱいになりました。)
    この筆者が対象としているのは95年頃に中学生だった人たちを嘆いて書いている。つまり、まさに私たちです。私が身勝手で責任を押し付けたがる「自己決定」を押し進めていると。自分の仕事を振り返りながら、そして今の若年層(学生)を考えながらこの本を読みました。そして、大阪にいて感じていた組織、患者層とのギャップもすごく重ね合わせました。個人的な意見も入りながらの感想です。
    かなりのネタバレです。読みたい人はあまり感想を読まないでください。(私のメモです。)

    ■学びからの逃走、というより「不快」のカードをいちばんたくさん切れるメンバーが家庭内のリソース配分や決定に対しての発言権を得ている。(p.67)
    このクレーマーの増加、文句言ったもん勝ちが、行政がらみの不祥事や医療事故を含めて社会システムを崩壊させていく・・・。にらみ合う人々、いつからこんな日本になってしまったの?

    ■自分自身を知るためには・・・(p.84〜)
    知っている人たちにインタビューするわけではなく、自分探しの旅に出る。自分事を全く知らない国へ。「自分探し」というのは自己評価と外部評価のあいだにのりこえがたい「ずれ」がある人に固有の出来事だと言う事が出来る。自己評価の方が外部評価よりも高い人の方が多い。
    「自分探し」という行為が本当にありうるとしたら、それは、私自身を含むネットワークがどのような】構造をもち、その中で私はどのような昨日を担っているのか、という問いの形をとる。
    →今回、UKで私自身を発見しました。たくさん日本の医療、システムにつっこみを入れて頂きました。UKの医療システムの中で働く日本人を見て。自分自身のあり方を考え直し、前に進むpowerを頂きました!やっぱり、こういうやりとりがあって、どの国であっても(もちろん途上国であっても)力をもらえるのがプライマリケアの面白さ。


    ■日本という社会とリスク。リスク・ヘッジ
    日本において思うのは、リスクを背負うということと、リスクの分散化という概念の弱さ。常に失敗しない、常に成功する事だけをみている感じである。ここからは私の感覚だけど、海外旅行するのも同じ。うまく乗り継ぎができなかったり、インフォメーションセンターで下手な英語を使いながらあっちこっちに行って、何とかたどり着く。その過程で学ぶ事、感じる国民性や優しさは掛替えのない感覚。でも、パッケージツアーに入っていたなら、そのツアー会社に文句を言うだけ。リスクヘッジと言えばそうなのかもしれないけど、自分も失敗したのだからという痛み分けはあまりない。私にとっては本当につまらない。
    マルクスが「万国の労働者、団結せよ」と言いましたが、団結って言うのは死語で、支えあう社会をもう一度構築しなければならない。(p.239)
    →団結して弱め合っている組織、そんなの前に向けません!
    これまでの後戻りできないニート諸君はもう仕方がない、・・・、これ以上ニートを増やさないためには、ニートたちに対して「この社会は、みんなお互いに他人に迷惑をかけ、他人に迷惑をかけられてもっているんだ。・・・」と伝えるべき。(p.245)

    ■構造的弱者の誕生(p.125)
    迷惑とかけたり、かけられたりの関係がなくなってきている。だから、高学歴だけど、関係性をもてなかった人がホームレスになったり・・・。誰にも影響しないという生き方はない。自分も迷惑をかけているんだから、他の人の面倒もみるという、昔の持ちつ持たれつという考え方。他人に迷惑を本当にかけない自己責任とは、ホンモノの強者だけ。
    「迷惑をかける相手もかけられる相手も持つ事が出来ない」膨大な数の構造的弱者を造り出しつつある。

    「相対的に出身階級の低い生徒たちにとってのみ、将来よりも今を楽しみたいとい思い、自分には優れたところがある、という自身が強まる。」p.133
    「学力低下は、子どもたちの怠惰の帰結ではなく、努力の結果」p.137
    「日本では、社会的弱者が進んで差別的な社会構造の強化に加担するという四方で階層化が進んでいる。弱者が自分自身の社会的立場をより脆弱なものとするために積極的に活動している」p.146 
    →ここ、かなり納得です。弱いものが弱いもの守ろうとして、より脆弱になってる気がしています。

    今の子どもたちに「教育を受けることは「権利か?」ときくと、90%が義務という。強要されるものといい、その義務に違背することを「政治的異議申し立て」として捉える。
    →たしかに私が中学生だった頃、そうだった気がします。(公立の)学校で教えていることがつまらなく、聞いているのがつまらない人間のように感じていました。教育は義務に感じていました。授業中にわざと漫画を読んだりしていました。高校で進学校に行ってはじめて自分で選んで、高い学費を払ってもらっていると感じ、必死で勉強した覚えがあります。

    ■「学術でも武道でも、何かを習おうとするとき、・・・、誰に就いて学ぶべきか、僕たちはその中から選ばなければならない。でも、僕たちはこれから学ぶ知識や技術についてよく知らない。」(p.178)
    これは今悩んでいる学生、初期、後期研修医に伝えたい言葉。学びたいと思っているんだから、知らなくて当然。目的地もわからない。(だって、9年目の私だってまだ分からないんだから。)でも、面白いことを教えてくれそうという感覚が大事!そして、そこに到達できるかは自分次第。

    ■知性とは、詮ずるところ、自分自身を流れの中に置いて、自分自身の変化を勘定に入れることです。(p.182)
    →学ぶところを楽しめて、一緒に笑って、泣いたりできるところで学びが生まれるのではないでしょうか?(教育なんて、品質保証は出来ない。P.184)(日本は国際規格の五分の一くらいのワークで学士号を乱発している。P.186)

    ■私たちが無時間モデル(=ショートスパンの活動)に魅入られてしまうのは、それが多くの快楽を提供するからです。(p.206)
    →私は、まだここで生きています。この快感で生きている。家庭医として短期間のプロジェクトだけじゃいけないというのも先人の知恵で知っている。でも成長って、測れるものでもない。そして、いつそれが成長につながるかもわからないし難しいところですね。

    ■無限の尊敬(p.218)。
    ここ私のかなり納得ポイントです。
    尊敬できる師は「私は師からこう聞いた。」という。「私はこれこれ、こう思う」とは言わない。私もそういう師を尊敬してきたなぁ。

    ■何かが起きるときのきっかけは、大きなクエスチョンマークなのです。(p.225)
    ここでも言われていますが、教育とか、家庭とかで学ぶことを大きく期待し過ぎなんだと思います。だから、クレーマーもうまれてくる。勝手に放置しすぎたり、学校に期待しすぎたり。どこにクエスチョンマークを感じられるか、すごく大事ですよね!

    やっぱり最終的にはコミュニティー、人付き合い、「あなたが大事だ」というメッセージが大事なのだと感じました。それは、教育、医療なんて枠を超えて。。。

  • 20160529-14

  • これは!!すごい衝撃。
    少し古い本ではあるのですが、今年のベストか、と思われた「嫌われる勇気」を個人的には上回るぐらいのインパクト。
    嫌われる勇気は、自分の思っているようなところに追い風が吹くような印象でしたが、今回は胸ぐらを掴まれて自分の考えを揺り動かされるとううか、実は自分の深いところに根をはっている感覚に向き合わされるインパクトでした。。。「等価交換」これは今の自分の感じている色々の根底を説明してくれる考えです。

  • 正直、タイトルが今いち(笑)。
    だと思いました。中身は僕は興味深く読みました。
    内田樹さんの他の本と重複するところはありますが、要は「引きこもりやニートって何だろう」ということ。
    内田さんの他の多くの本と同じように、これも講演会で内田さんがしゃべったこと、及び質疑応答、をベースにして、加筆修正したものらしいです。
    だから、そこは戦略的なんでしょうけど、口語的に綴られていて、読みやすい。食べやすい。それは長所だと思います。

    一方で好みレベルで言及すると、悪意的に言えば、

    「俺はこうやって上手くやった、やってるもんね。
    一方で世間の人々ってのはこうなりがちで失敗すんだよね。
    俺みたいにすればいいのに」

    という、高齢者/成功者にありがちな、「高みからのエラソー発言じゃん」、と臭ってしまう部分も、あります。若干。
    ソコでどこまで読み手としてムッとして躓いてしまうのか、読み手次第かも知れません。

    冒頭で内田さんがハッキリ言及しているのは、

    諏訪哲二さん「オレ様化する子どもたち」
    苅谷剛彦さん「階層化日本と教育危機」
    山田昌弘さん「希望格差社会」

    あと、佐藤学さんという学者さん。

    という著作や論考に大きく依拠しているそうです。
    というか、それらの著作を起爆剤にして内田樹さんなりの言葉でまとめた、考えたもの、であるようです。
    僕は上記で読んだことがあるのは「希望格差社会」だけ。それはとても面白く惹かれた本でした。
    そして、ソコをベースにして内田さんが考えていることは、なんとなく納得がいきます。
    また、大ベースとしてエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」がありますね。これまた、10代の頃に衝撃的に読んだ記憶が懐かしいです。
    まあつまり、資本主義的な民主的な社会になって、みんな自由になりたいからそうなったんだけど、
    自由になってみると自由というのもなかなか孤独で混乱で不安なもので、全体主義を求めちゃうっていうコトあるんだよね、
    ということだったと思います。ナチスとかスターリンとか、そーやって生まれるんだよな、と。
    そしてそれは、マッタクもって過去の話ではなくて、21世紀現在もシビアなまでに現実的なことなんだと思います。


    この内田さんの本の要旨としては。・・・と、いうのは難しいのですが。

    ●日本人の(子供・青年の)学力が落ちている。それは彼らが自ら選択していること。
    ●同じことが労働についても言える。低所得者層、ニートになっていくというのも、彼らが選択してしまっていること。
    ●何故か。それは、人間関係や子供家庭からビジネスモデルの消費者としての行いとコトバで侵食されてしまっているから。
    ●教育や学びというのは、消費者パターンの枠組みから解放しないと。つまり、考え方を変えないと、問題はなくならない。
    ●消費者パターンの行動を全否定はしません。そこから大いに喜びを得るものだから。ただ、どこかで線引き、あるいは違う考え方が必要。
    ●そういう世間の仕組みを作ったのは当然大人。若者の世代論的特性として批判論考することは不毛。
    ●政府からして自己決定、リスクの自己負担という言葉で美徳化しているが、持たざるものの社会リスクを増やしてより孤立化させていくだけ。
    ●一方で、お金持ち、支配者層は自己決定、リスクの自己負担など、若者に絶対許さない。家族を含めて既得権層のコネクションの中でしかるべき誘導を必ずしている。

    等々ですね。

    最終的に、もちろん、具体的な政策論議ではないので、「モノは考えよう」ということなんですよね。平たく言うと。

    それはもちろん、まとめ方によっては「精神論」になっちゃうんですけど。
    ソコを「なぜ?」「どうして?」「だとするとコレは当てはまらないじゃん?」
    という合理的思考できりきりまで考えた言葉で語れるか。
    でも、最後は絶対、精神論なんですけどね。
    それをどこまで説得力を持てるか。

    好みはあると思います。
    でも僕たちが何かの言葉を聞いて、「そうなのかな?」「違うんじゃないかな?」と考えていくことしかできないのであれば、
    僕はその一つの「なるほどこういう考え方、視点、角度があるのね」ということで言うと、
    この本はアリだなあ、と思いました。

    教員になる人とかは読んで欲しいなあ。
    読んだ人同士、「あそこは分からんかった」「納得いかない」などと話したい本ですね。


    #######################################

    以下、雑に個人的な備忘録としてメモっておきます。
    コレを読めば自分で思い出せるっていうことで。
    ちなみにこの本は2005年くらいかな?現在の本らしいですが。

    ●第1章 学びからの逃走
    ~~~日本人の子供の学力が下がっている、というデータがある。
    ~~~勉強ができない子供ほど、勉強することから逃げたがる。それがカッコイイ、個性だ、というような認識がある。
    ~~~「分からない」「知らない」ということを以前の子供/若者ほど気にしない?
    ~~~教師や学校に対して尊大になる。売り手と買い手、消費者という意識になっているのでは。
    ~~~就学以前の段階で、家事の変容も含めて、消費者として振舞うことが刷り込まれているのでは?
    ~~~消費者としては、価値を認める商品をできるだけ安く買うことが正しくて、勝利である。
    ~~~学問というのは、その価値が分かるために学問をする。価値が分かるから学ぶのではない。
    ~~~だから、一部の子供たちは「勉強してわかり易いメリットがなければ勉強しない」ということになる。
    ~~~消費者として態度としては、納得できない商品=学問に対して不愉快な態度を示すことは当然である。
    ~~~つまり消費行動は、「時間軸」がない。でも学問等は子育てと一緒で、時間が経たないと何も成果は出ない。
    ~~~株価操作に代表される種類のビジネスは、すぐに結果が分かる。その成果主義で言うと、勉強の魅力はなくなる。
    ~~~また、偏差値主義で言えば、「隣の子の学力が落ちるのは歓迎」になる。


    ●第2章 リスク社会の弱者たち
    ~~~一方で、自主決定、成果主義、リスク自己責任、というアメリカ追従型の政策、国が向かっている方向がある。
    ~~~ただ、素直に見れば、高い身分、階層の人たちは、家族一族コネ社会の中で、子供若者は自決主義なんかではなく、既得権益グループに保護されてリードされて生きている。
    ~~~その証拠が代議士や政治家が2世3世ばかりになっていること。
    ~~~つまり、所得の低い階層の人たちが、「自主決定、成果主義、リスク自己責任」という美名のもとに、予算をつけられずにどんどん、孤立させられているだけ。
    ~~~ただ、そのイズムを身につけた、低所得の若者子供たちが自身で、目先の楽、目先の納得を優先すると、価値を納得できない学問から逃げていく。
    ~~~それによって、どんどん低所得層に自らが落ちていく。未来を売り払っていく。それを自主決定していく。そこに後悔もない。
    ~~~それは各自の意思的な決定であることが多い。だから、後追いで対処療法をほどこしても全く機能しない。
    ~~~「自由からの逃走」と同じくで、子供のままの自我で、消費者としての自由とわがままを求めていくと、つまりは完全な孤立無干渉が心地いいことになる。孤独。
    ~~~ところが、雑に言うと金持ち勝ち組層は、それでは階層が落ちていくことが分かっているので、子供の「自主決定、成果主義、リスク自己責任」などに任せず、構って導いていく。
    ~~~雑に言うと社会的弱者がどんどん、そういう世論のリードによって、孤立を深めていく。
    ~~~なぜなら、頑張っても成功するという身近モデルが少ないし、勝ち組ほど大人に構われないから。また、消費者としての振る舞い以外に、世の中と関わる、家族と関わるツールがなくなっているから。
    ~~~家族という「世の中」で言うと、典型的サラリーマン家庭では、「家族同士が関わることの不愉快に耐える」「不愉快さを表す」ということが大人が子供に示すモデル態度になっていないか?
    ~~~ことほどさように、社会的な弱者が、自主決定、成果主義、リスク自己責任、という政策のもとに、どんどん孤立と孤独に落ち込んでいく。

    ●第3章 労働からの逃走
    ~~~そういう若者を想像していくと。労働と対価としての金銭などの報酬。このバランスは、常に対価交換になっていない。不満がある。
    ~~~商品と労働と報酬という関係は、常に対価交換にならない。そうじゃないと価値や利益が生まれない。
    ~~~つまり常に消費者としての意識で生きすぎている。そこからクレーマーにもなる。
    ~~~だから結局、最低限の「わかり易い労働」で最高の「不労所得」を得ることがカッコイイことになる。イメージ的に最高なのがIT長者になる。
    ~~~つまりこれも、労働というのが、長い時間をかけるやりがいや成果というより、消費者的に言うとなるたけ短時間で目に見える利益が手に入らないと満足を得れない。
    ~~~だったら、労働というストレスを払うより、引きこもって低燃費で暮らす方が、「自分らしい」。「自分が望む生き方」。「もっとできるだけ不快な関わりをゼロに近い形で収入を得れないか」。
    ~~~という形でニートになる。

    その他、覚えていることを断片的に。

    ●将来的に大量の高齢者ニートが発生する。そのときに、「あいつらを税金で養うのか」という議論になる。これは、税金で養ったほうがいい。これを切り捨てると、大量の犯罪者予備軍を路上に放つことになる。それに対処をするよりも、よっぽど税金で対処するほうが、結果は安価であるし、安全である。社会のセーフティネットの一つと考えるべき。

    ●いろいろなことが、「時間モデル」「無時間モデル」という分類でみることができる。「時間モデル」というのは、植林・林業に代表されるような、「長い時間が経たないと成果なんて分からない」という行為。消費者としての快感は全て「無時間モデル」の行為。当たり前ですが。

    ●「学び」ということも、「労働」ということも、「子育て」ということも、「家族関係」「コミュニケーション」というのは全て「時間モデル」な行為。それを、株操作的ビジネスのような「無時間モデル」すなわち短い時間で成果を換算されるべき物差しで測ることにそもそもの無理がある。

    ●「学び」に必要な「師匠」「先生」。「師」となるのに必要な資格はなにか。それは、自分も「師」を持っている、ということに尽きる。弟子は、「師」と「大師匠」の関係から自分と「師」の関係も構築していく。「学び」という行為の抱える時間性、成果主義ではないアナログ部分で言うと、その時点時点での実力にかかわらず、「師」との関係性から「学ぶ」という姿勢が大事。例証として「スター・ウォーズ」のアナキンとオビワンの関係などが挙げられる。

    ●日本人が「全体一致性」を重視する、という善悪ではなく「特性」

    ●「みんなが自己決定自己負担で生きてるんだから、僕も貴方もそうしなければならない」ということの矛盾。それは自己決定ではない(笑)。

    ●面白かったのが、時間モデルの行為として、相手の話を聞く、ということもある、という下りから、「音楽を聴く」という行為の重要性にも話が行くところ。強引論じゃん、と切り捨てるのは簡単だけど、消費快感の即効性という意味では、長めの音楽をじっくりというかまったりというか、耳を傾ける、という行為ってどうなんだろう。なるほど。と思ってしまいました。

    ●最後の質疑応答のところで、全く内田さんの趣旨を理解していない質問とかも出て、ちょっとだけイラっと回答する感じも残されていて、それはそれで編集サイドの意図であり演出であるんだろうけど、面白かった。

  •  はじめて読んだ「電子書籍」です。
     さて,本の内容は,「学びから逃走する子どもがち」「労働から逃走する大人たち」に見られる共通性にスポットを当てて,何がそうさせているのか…を明らかにしてくれています。
     学ばなくなった子どもたちも,労働しなくなった大人たちも,その個人がわるいのではありません。経済最優先,「今でしょ」のみの世論が,そういう人たちを作り上げてきたんだなあと思いました。
     こういう流れに棹さすためには,「時間の流れを大切にすることだ」と内田さんは言います。
     もっともっと「時間」を大切にして,ゆったりとした生活をしていきたいなと思いました。

  • 今の自分にとってベストな本でした。
    子供の教育やこれからの社会を考える上で大いに参考になりました。
    教育や労働からの逃走をここまで構造化して内なる問題点を浮き彫りにする内田先生の洞察の深さが凄い。目から鱗が落ちまくりでした。

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