「この本の作者の熱量がすごい!」って賞があったら個人的に今年のグランプリに輝くこと間違い無い本。古代ギリシアの主要な会戦の陣形と流れを網羅しており、レポート形式で勝因と敗因が分析されている。
また、陣形のみならず、そこに配置されている歩兵の説明一つとっても、ホプリーテス(重装歩兵)とペルタステス(軽装歩兵)とプシロス(弓兵)と細かく区分けされていて、配置における戦術的な意味がとてもわかりやすい。
また戦場には、時代が進むにつれて騎馬はもちろん、カマ付き戦車や戦象が登場していく。しかも一見強そうな戦車や戦象はコントロールが難しくて、結局突撃させて相手の混乱を招くのが主な使い道だったとか、既存イメージが壊されて面白い。
たくさんの会戦を比べて思うのは、歩兵の数や陣形や戦略も重要だけれど、最後に物を言うのは兵の練度であるということ。ガウカメラの戦いでダリウス3世は60万の兵を用意したけれど、寄せ集めの兵は結局5万のマケドニア軍に負けてしまう。また、ディアドコイ戦争でアンティゴノスと再三剣を交えたエウメネスの敗因は、部下の裏切りと兵の一部からの不信感(やっかみ)だった。
他にも、ラケダイモン(スパルタ)の戦術が側面攻撃でわりとワンパターンだったりとか(なのでレウクトラの戦いでエパミノンダス率いるテーベに対策されて負ける)、占いで「先に動いたほうが負ける」と予言されてそのとおりになったプラタイアの戦いとか(スパルタ将軍のパウサニアスが突撃のタイミングを吉が出るまで占うのに笑ってしまう)、ギリシア人のその時々の生きた考え方が随所に垣間見れる。
欲を言うなら、アテネのシラクサ侵攻の記載が緒戦のみで終わっており、そこからどうやってアテネが負けていくのかを作者の筆で読んでみたかった。サラミスの海戦も。また、「アナバシス」の舞台となったクナクサの戦いでは、キュロス王子率いるギリシア傭兵軍を勝利者としていたけど、キュロス王子が討死しており、戦場や追撃するペルシア軍からギリシア傭兵たちが脱出できたから勝利というのは少し疑問。と言っても、これは解釈の話で、特にディアドコイ戦争についての資料があまりない中で、こんなに詳細に各会戦について読めたのは本当に有難かったし面白かった。