ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学 (角川oneテーマ21) [Kindle]

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  • Kindle Unlimitedで読了。


    白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

    という代表句を、授業で習ったのは中学か高校か。その折は素朴な歌人という印象を持ったことを覚えている。長じて以前在籍した通信制大学の、詩歌の授業で牧水を扱った折は、お酒の好きな牧水の歌を、吉井勇とかと一緒に習って、この人の句、結構好きかもと、印象が変わった。いつか牧水も触ってみたいとは、漠然と思って、心の隅っこに引っかかってはいた。

    ところで、今現在の在籍校で、そろそろいい加減、卒論のことを考えないとならなくなった。しかし、一年卒論をやる前準備を取ったにも拘らず、困った問題に、私は直面していた。なんの作品も響いてこないのだ。好きだったものも。新しい興味も湧かない。専門書も揃えてみるが、論述のレポートも書きたくない、どころか出すべきものも書けない。

    「卒論なしでも終えられるし、もう大学院も諦めるか……。」

    商業ライターの底辺で頑張るのも頭打ち。創作ライターとしては、お呼びじゃないとペケがついた。普通ならそこで頑張って書いてみようと奮起すべきところが、そうはならずに、ブクログもnoteも触りもしない。一文字も、書けない。スランプ真っ最中とでも呼ぼうか。それはそうだ。この一年、完治しない病を養うのに一生懸命。趣味の方も挫折、勉強も試験を受けた学科の成績は良いが、研究をやりたいものは響いてこない。友人も家人も、遠くに感じる。このまま生きるより死のうか、とちらりと頭を掠める。そういう状態での読書であった。

    ふっと、そういう諸々はどうでもいいから、読んでみようかなと手にとったのだ。何故牧水だったのか、Kindle Unlimitedの中では、真っ当な教養書の一冊に見えて、なんとなくDLしてあっただけである。偶然に過ぎないので、格好いいことは書けない。

    これは入門書であるし、本当に牧水をちゃんと読むなら、ここから芋づるに専門の本や作品集、書簡などに触れてみなくてはいけない。しかし、めっぽう面白かった。今の私にはそっちの方が、よっぽど大事だったかもしれない。いつぶりに、ページをタップするのももどかしく本を読んだだろう。

    牧水って、健やかで、そして可愛げのあるひとで。きっと刺さったガラスのように残った、若き日の恋のことや愛妻に対しても、表現者らしく痛みも持っていて。けれど総じて、人生幸福であったひとだろうな、という印象を、この本からは受けた。その健やかさや、どうしようもなさも笑って受容するおおらかさや、お酒の句に見る繊細さが、『安静で』と言い付けられてベッドに居る私には、慕わしく、気分が良かったのであろう。

    「卒論なんか一旦考えるのをやめて、つらいし、死ぬのを弄ぶ前に本の一冊もなにか読むかね。」

    という、当方の気楽で不埒な姿勢も良かったのかもしれない。実に空っぽになれた。ああ、楽しかった。

    俳優の堺雅人さんは、半沢直樹役やスカパーのCMの、癖のあるイメージで、正直好きでなかったけれど、伊藤一彦さんとの対談形式の本書では、昔のバンカラな大学生と教授のたのしい痛飲の場という感じで意外な一面を感じた。お二人は牧水同様宮崎のご出身とかで、風土を踏まえた牧水観が誠にわかりやすく語られる。宮崎に行ったこともない私まで、その空気感を理解できた気がする。

    タイトルの『ぼく、牧水!』とは、今はなき牧水が本書から起き上がってきて、そう肉声を放つイメージなのだと書かれてあった。本当にそのような本である。もう少し牧水を知りたくなった。恋人小枝子とのゆくたて、妻の書簡も読んでみたい、無論作品も読んでみたい。久しぶりに深堀りしてみたい文学者に知り合った。

    コロナで閉塞した気分の方、お酒が好きなのに飲みに行けない方、なんとなく何か読みたい方にもお勧めする。窓を開けて、雨の音を聞きながら、のんびり読まれてはいかがだろう。理由はわからないが、知人が増えたような、ほっとした感じがするとは、書かせていただく。

    卒論はどうなるかわからないし、病もどうせすぐには癒えなかろう。相変わらず、「生きなくちゃ。」と「死のうか、このまま安静なんてやってられるか。」の間をうろうろして、輾転反側するのだろう。しかし、牧水に、「やあ、ぼく、牧水!」と帽子を取られて笑いかけられるのが、ちょっと楽しみになりそうな、未練がましく生きているこの土曜も、悪くはない。それだけでも読んでよかったのだ。

  • 若山牧水については何も知らず、以前読んだ堺雅人さんのエッセイがおもしろかったので、これも読んでみました。
    堺雅人さんが高校時代の恩師であり、歌人でもある先生と対談した内容で、全体の3分の2くらいは若山牧水について話されています。
    若山牧水や短歌について知識がなくても、紹介されている牧水の歌を読むだけで、その魅力が伝わってきました。
    牧水には日本に仏教が伝わってくる前のアニミズムの精神(あらゆる自然に神が宿っているという考え方)があるのだそうです。
    牧水の話がかったるく感じるなら、最後の三章だけでも読んでみるといいです。
    牧水がニーチェやドストエフスキーにも影響を受けていたとか、芝居と短歌の関係など、対談がより広範な話題に広がっています。

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著者プロフィール

昭和18年、宮崎市に生まれる。早稲田短歌会を経て、「心の花」に入会し、現在選者。
歌集に『海号の歌』(読売文学賞詩歌俳句賞)、『新月の蜜』(寺山修司短歌賞)、『微笑の空』(迢空賞)、『月の夜声』(斎藤茂吉短歌文学賞)、『待ち時間』(小野市詩歌文学賞)、また歌集『土と人と星』及び評論『若山牧水─その親和力を読む』により現代短歌大賞・毎日芸術賞・日本一行詩大賞を受賞。
若山牧水記念文学館館長。宮崎市に住む。

「2018年 『光の庭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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