ドキュメント コンピュータ将棋 天才たちが紡ぐドラマ (角川新書) [Kindle]

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  • コンピューターがプロ棋士に挑んだ将棋の電王戦だが今では興味の焦点はコンピューターは羽生を相手にどこまで戦えるのかになっている。「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?来るとしたらいつ」1996年、この問いに答えた羽生善治は2015年と答えた。現実に電王戦ではプロ棋士がコンピューターに大きく負け越している。2015年は若手トップクラスのプロ棋士が意地を見せ3ー2で勝ち越した。この5曲の対局者を軸にコンピューター将棋の開発者や、対抗するプロ棋士の姿が描かれている。もはやプロもコンピューターの打ち筋を研究せずに勝てるレベルではなくなっている。またここでは電王戦を実現させたニコ生のドワンゴも大きな役割を担っていた。

    2014年ツツナカに負けた森下卓は対局後の記者会見で人間にはミスがあることから「盤駒を使う」「秒読みを一手15分以内に」との持論を展開した。盤駒を使うとは「次ぎ盤」と呼ばれるもので、普通は頭の中でだけで考える将棋を横に別の盤を置いて並べて確認しながら対局するというものだ。この発言に対しドワンゴがリベンジマッチの舞台を用意した。「実際にやるのは恥ずかしすぎる」と言う森下に対しドワンゴ社長の川上量生が「いや、理論は実践していただきたいものです」と詰め寄った。いざ練習対局をすると森下は絶句した。1手15分にすると
    コンピューターも強くなる。2014年の大晦日に10時に始まった対局は翌朝5時まで続くことになる。

    ここで面白いのが森下のサービスだ。生中継を意識してリアルタイム次戦解説つきで次ぎ盤で駒を動かしながら、考えていることをつぶやく。これは相手が人間ではなかなかできない試みだ。中盤の始まりで森下が少しリードを奪う。しかし森下に楽観はない。「相手が参ってくれないと、なかなか将棋は勝てないんですよ。」駒損無しで飛車を成り相手が人間なら一方的なリードと言える展開になったが、ツツナカはそれほど形成を悲観していない。龍を自陣に引くと押し込められてむしろ勝てそうにない。これは取る以外の手はない。まあまあ、取るしかない。」

    朝から始まった将棋は年が明けるころに山場を迎えた。ツツナカがノータイムで指したのは端歩の突き、しかもどう見てもただ捨てるようにしか見えない。しかし、相手は人間の感覚では測れない。森下は自分の棋風に従いただ、歩を取った。ツツナカには珍しいただのミスだった。ようやく価値が見えた森下にツツナカが粘る。決め手を与えず、隙あらばと反撃を試み銀を取りに歩を打ってきた。

    「取るしかない。取るしかない。取るしかない。うん、取るしかない。取るしかないよな。いくら考えても、取るしかない。」疲れが見え始めた森下は決め手を逃し、ツツナカの玉が中央に逃げ出した。入玉になるにせよ秒読みは1手10分、通常なら悔やむ暇はないが10分もあると逃した手に悔いが残る。朦朧とした頭の中で森下はミスしないことだけを心がけた。入玉をさせないようにしツツナカが時間つなぎに捨てる駒を着々と取っていく。そして午前5時、ようやく運営側が途中中断を申し入れた。実質的には森下の勝ちであった。

    コンピューターはどうやって強くなるのか。そこには評価関数と自己学習が関係する。昔の棋譜を記憶して勝率の高い手を選ぶというほど単純なものではないし、新しい局面は次々現れる、それをどう評価するかと言う問題だ。例えばBonnanzaは3つの駒の位置関係から、防御の固さや脆さを点数化した。例えば美濃囲いでは8八玉の右隣に銀を、そしてその右下に金を置く。人間が見ればこれが美しい形だがBonnanzaは+1点としか評価しない。金を玉の下に置けば+5点、上に置けば+8点と付けられている。開発者としては新しいアイデアがでなければ毎年の
    電王トーナメントに出る意義を見出すのは難しい所があるらしい。コンピューターのパワー頼りの上達では面白くないらしい。とうとう棋譜を一切参考にしないソフトまで出てきている。

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著者プロフィール

1973年、山口県生まれ。将棋観戦記者。東京大学将棋部OB。在学中より将棋書籍の編集に従事。同大学法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力し、「青葉」の名で中継記者を務める。日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継にも携わる。著書に『ルポ電王戦 人間 vs. コンピュータの真実』(NHK出版)。

「2015年 『ドキュメント コンピュータ将棋』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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