笑い (光文社古典新訳文庫) [Kindle]

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  • ベルクソンの新訳が続々と出ている。『笑い』で言えば、岩波文庫、白水社の新旧全集版、平凡社ライブラリー、ちくま学芸文庫、本書と実に6種類ある。『笑い』はベルクソンの他の著作とは違い、内容的にはさほど難解でもないので、あまり評判の良くない岩波文庫の林達夫訳でも評者は苦にならないが、より読み易いに越したことはない。本シリーズに加わったことを喜びたい。ただし、比較的平易な本書も深く吟味するにはベルクソン哲学の理解は欠かせない。「ベルクソンによるベルクソン入門」とも言われる『精神のエネルギー』や『思考と動き』との併読を薦めたい。

    ベルクソンによれば、「笑い」とは「しなやか」であるはずの生の表面を覆う「自動的」なものや「機械的」なものへの反射的なリアクションである。習慣、癖、反復、惰性、形式、類型、常識、等はいずれも自由な精神の働きを妨げ、それがもたらす「ちぐはぐ」な感じが「笑い」を生む。「生の飛躍(エラン・ヴィタール)」を重んじるベルクソンにとって、それは生の硬直化(こわばり)であり否定的なものでしかない。だから「笑い」という「罰」によって是正されなければならない。笑う者も笑われる者も、ともすれば陥りがちな生の硬直化を反省する契機が「笑い」であり、喜劇の意義もそこに見出される。

    「笑い」という現象の一面をついた興味深い仮説だが全面的には首肯し難い。ベルクソンは悲劇を典型的な芸術だと見做すが、喜劇は悲劇の特権性を際立たせるネガとしての位置付けしか与えらない。生命と機械、精神と身体、自由と必然、一回性と反復、個性と類型、創造と模倣・・・こうした二元論を前提に、前者を悲劇、後者を喜劇の特質だとするのだが、そもそも優れた芸術にあってはそれらが対立しながら統一しているはずだ。でなければ一回性を本質とする「生の飛躍」を作品として固定化すること自体が無意味になる。悲劇であれ喜劇であれ、繰り返し演じられそれが観客を魅了するのは、卓越した演技は機械的でありながら流れるような生命の躍動感に溢れているからだ。演技とは必然性の自覚のうちに自由を見出すことに他ならない。「笑い」についてユニークな卓見に満ちた本書も、芸術論、ことに演劇論として片手落ちの感は否めない。

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