全裸監督
村西とおる伝
著者:本橋信宏
発行:2016年10月27日
太田出版
出版から3年もたち、700ページ超もあるのに、図書館での人気は絶大で、半年ほど待たされてやっと回ってきた。
村西とおる(本名:草野博美)、1948年、福島県いわき市(平市)生まれ。初体験は中1(相手は小6)。中2の時に両親離婚。高卒後、無一文で上京。
彼の人生を支えたのは、天才的な「応酬話法」。相手の質問や否定的な発言に答え、その気にさせてしまうセールストークの手法。上京後、水商売を経てついた英語の百科事典全30巻のセールスで、いきなり全国トップに躍り出て、キープし続けた。英語版なのに、当時20万円、今なら100万円相当もするものをどんどん売っていく。街頭でも声をかけて売ったそうだが、ヤクザに声をかけてしまうこともあり、「これからの任侠社会におきましては英会話を学んでおきませんと、マフィア様と対等にお付き合いはできないのですね」などと応酬話法を展開。金払いは悪いが、結構、買ってくれたという。
英語の百科事典には英語を勉強するためのソノシートがついていたが、それを教材にして英会話教室として事業を始め、北海道で大もうけ。それから、ビニ本、AV制作へと事業を進めていく。得意の応酬話法で、嫌がる若い女の子をその気にさせて、次々と脱がせてもいった。
村西作品をあまり見たことない僕にとって、彼はAVの監督というイメージだが、これを読むと監督としてはまるで素人だったそうだ。僕にも経験があるが、映像制作の世界に入ると映画の文法や映像の鉄則、タブーなどを若いころから仕込まれる。村西とおるは、映像制作の経験がなく、エロから入っているからそうした文法や鉄則などは一切無視、たぶん初期の作品はとても見づらかっただろう。最初はまったく売れなかったと書かれている。
ただ、映像は時代が変われば文法や法則も変わってくる。要は見慣れてきたらそれが新文法、新法則になる。昔は、カメラを横にパンする時は必ず左から右へというのが鉄則だったが、今はその逆が多い。マスターショットと同じ位置関係をキープしてサブショット撮影しなければいけないという映画文法の基本中の基本ですら、国会中継を見ていると逆ショットを日常的に行っている。
バブル崩壊、インターネットでのエロ普及により、50億円の借金を抱えた彼は、破産という楽な道を選ばず、必ず返すとごまかしながら、しかし、少しずつお金を返している。もちろん、闇社会からの借金も多く、もう返ってこないと諦め、腹いせに命だけも取ってやるという者にダムから突き落とされそうになった時も、得意の応酬話法で難を逃れた。その一方、誰かに頼られると、1千万、2千万のお金を平気で貸し、返せとも言わない。
AV大量生産の時期は、社員スタッフ全員1日の休みもなく、ほとんど寝ずに撮影し続けた。村西による殴る蹴るの暴力も日常だった。残るより逃げ出す社員の方が多く、中にはアパートを契約したもののずっと泊まり込みで仕事をし続け、5年か6年目に初めてそのアパートに帰ったという社員もいたらしい。
それでもなぜ彼のもとに人が集まるのか。そして、彼のことやその作品のことをあまり知らない僕でさえ、村西とおるの名を聞くと惹かれ、浩瀚な本を読んでしまうのか。
著者によると、彼は究極の「人たらし」なのだそうだ。
*******(メモ)*******
・性欲も湧くが知的闘争心も負けず劣らず。磐城高校に原理研究会ができて可愛い女子がいつも宗教について語らっているという噂を聞けば乗り込み、論争を仕掛けた。あるときは原理研究会の大学生たちを相手に論争を挑んだ
・ビニ本発祥の地は、東京・神田神保町の古書店、芳賀書店。
・ビニ本を出していた「グリーン企画」に出入りしていたライターには巻上公一がいた
・警察のガサ入れの最中に帰社すると、とっさに喫茶店のマスターのふりをしてコーヒーカップを下げに来たように見せかけ、トレーに湯飲み茶碗を乗せて出て行き、逮捕を逃れた。以来、裏本業界では喫茶店マスターが増えた
・日本初オリジナルのアダルトビデオは1981年、日本ビデオ映像から発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』とされているが、実際はそれ以前からあった
・朝鮮戦争時、日本で米兵に食べたミカンの皮を投げられたが、貧しかったので食べた。その仕返しに、パールハーバー上空にセスナを飛ばして機上でAVを撮影し、男優の汁のついたトイレットペーパーとミカンの皮を空からまいた
・世界でもっとも古いと言われるコペンハーゲンの歩行者天国で、"駅弁”体位のカップルに走り抜けさせた
・反権力的な思想はもっていない
・児童福祉法違反など同じ犯罪で複数回逮捕されているのに一度も実刑を食らわなかった理由を聞くと、戦後最強検事と呼ばれた人物と知り合いで、中島みゆきのチケットなどとってあげたりしていたからというようなことを臭わせる発言をした(「ミスター検察」の吉永祐介だと想像できる)
・巨乳という言葉を作ったのは、この本の著者である本橋信宏であると書かれているが、そう言い切っていない歯切れの悪さもある
・原発の危険性を訴えるため、福井県の美浜原発近くの海岸でセックスシーンを撮影した。温水洋一と松尾スズキが出演。
・眼鏡のAV女優、野坂なつみは、イクときだけ眼鏡を外す演技をした。たのきんトリオの野村義男と結婚
・裏社会の金貸したちは、なぜか、みんな「会長」と呼ばれていた
・世間では「前科6犯、借金50億」と言っていたが、軽微な罰金刑前科があったので自ら「前科7犯」と訂正した
・著者は、1985年春、中核派の拠点・前進社で全学連委員長の単独インタビューに成功したその日の夜、村西とおるの撮影現場にいた