プルーストと過ごす夏 [Kindle]

  • 光文社
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  • プルーストは20世紀を代表する大作家に違いないが、畢生の大作『失われた時を求めて』は、哲学的な内容もさることながら、気の遠くなるような長さからも決して近付き易い作品ではない。本書はフランスのラジオ番組が元になったプルースト入門だが、わかり易く語るということが必ずしもレベルを落とすことと同義でないことを思い知る。こんなラジオ番組が成立するというのもお国柄だろうか、日本ではちょっと考えにくい。プルーストの多面的な魅力をバランスよく配した構成も秀逸で、プロデューサーの力量を感じさせる。そして有難いのはプルーストの文章がかなりの長文でふんだんに引用されていることだ。確かに『失われた時を求めて』は大病で入院でもしない限り読破するのは容易でない。評者も井上究一郎訳で「スワン家の方へ」と「見出された時」、あとは鈴木道彦の抄訳しか読んでないが、全部でなくとも直にその文章を味読することが最良のプルースト入門であると改めて感じた。引用は原則として光文社から刊行中の高橋弘美訳だが、井上訳や鈴木訳と比べても随分読み易く日本語としてのリズムと格調を重んじた好訳である。ちなみに執筆者の一人コンパニョンは同じラジオ局の番組を元に『 寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門 』を書いており、こちらもお勧めだ。

    簡単に内容を紹介するが、個人的には一、四、五、七章が特に面白かった。
    【第一章】一かけらのマドレーヌの味というはかなく消え去るものが永遠へと通じている。この有名なエピソードを軸に無意志的記憶を介して文学が時を越えるという核心的なテーマを論じる。
    【第二章】五百人近い登場人物を通じてあらゆる階層の社会が描き出されるこの小説の今一つの魅力を語る。
    【第三章】社交界のスノビズムへの風刺、それは同時にプルーストの自己風刺でもある。
    【第四章】愛はそれが成就しないからこそ成立し、成就とともに退屈に変わるという残酷な欲望と恋愛の心理学。
    【第五章】プルーストにとって書くということの意味を問う。生の意味は外部にあるのではなく想像する力のうちにある。書くこととは過去の再創造であり、経験の残り滓のような現実を言葉によって凌駕することである。
    【第六章】コンブレーを始めとするこの小説の舞台となった重要な場所について。
    【第七章】ベルクソンやニーチェなどの哲学者との対比。芸術が苦しみをむしろ興味深いものに変えてくれるという発想にニーチェとの共通性を見出す視点は新鮮だ。
    【第八章】音楽や絵画の美、さらには言語芸術の美についてのプルーストの思想。

    蛇足だが七章を担当するラファエル・アントーヴェンは1975年生まれの若い世代を代表する哲学者。エリック・クラプトンやミック・ジャガーとも浮名を流したカーラ・ブルーニ(サルコジ元大統領夫人)との不倫歴もあるというツワモノだが、本業の方でもかなりの実力者と見た。シャープな論理と軽快な語り口は中々のもので、どこかの国に多い中身の薄いイケ面タレント文化人とは随分違う。この他有名どころでは上記のコンパニョン(第一章)、プルーストの伝記作者ジャン=イヴ・タディエ(第二章)、構造主義のテクスト論で知られるクリステヴァ(第五章)等が執筆に加わっている。

    参考までに評者の知り得たプルースト論で手頃なお奨めを数冊挙げておく。コンパクトな入門書で全訳者の鈴木道彦による『 プルーストを読む (集英社新書) 』、哲学的なプルースト論として定評のある保苅瑞穂『 プルースト・印象と隠喩 (ちくま学芸文庫) 』、世紀末の風俗の中にプルーストを位置づけて論じた海野弘『 プルーストの部屋(中公文庫) 』、プルーストそのものを扱ったものではないが日本文藝における時間の問題を論じた九鬼周造『 時間論 他二篇 (岩波文庫) 』。九鬼の時間論は「見出された時」出版の翌年(1928年)に仏語で行った講演であり、日本人によるプルースト論の嚆矢と言えるが、橘の匂いに「永遠の今」を感得した芭蕉の一句にプルーストを重ね合わせる興味深い論考だ。

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著者プロフィール

1950年、ベルギー生まれ。コレージュ・ド・フランス教授、コロンビア大学教授。本書『アンチモダン』でフランス学士院賞を受賞。他の邦訳に、『第二の手、または引用の作業』(今井勉訳、水声社、2010年)、『近代芸術の五つのパラドックス』(中地義和訳、水声社、1999年)、『文学をめぐる理論と常識』(中地義和・吉川一義訳、岩波書店、2007年)がある。

「2012年 『アンチモダン 反近代の精神史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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