ある男 [Kindle]

著者 :
  • コルク
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感想・レビュー・書評

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  • 「マチネの終わりに」が面白かったので、同じ作家さんのこの作品を読んでみた。
    舞台は宮崎の田舎。林業の事故で亡くなった主人は実は全然別人だった。亡くなった主人は誰だったのか?
    依頼を受けて調査していく弁護士の城戸が主人公。自ら在日3世というアイデンティティを持ちながら、自分とは何かというものを考えながら調査を進めていく。
    自らの過去を捨てて別人になる。その背景や生い立ち、その必要性などを、恐らく細かい取材に基づいてリアルに描いている。
    亡くなった男の本当の姿を追いかけていくうちに、自らの幸せ、家族のつながりの大切さを対比させて描いていく手法は見事だと思う。ストーリーの展開も自然な流れで進んでいき、すっきり読めた。
    追いかける男が亡くなっていることがわかっているので、なんだか切ない感じは全編通して続く。しかし、真相を知った妻と子供が希望を持って生きていくのが見れて、読後感は悪くない。
    繊細な筆致に感動する。良書。平野啓一郎、他のも読んでみたい。

  • 「ある男が実は別の顔を持っていた」という筋書きを聞いて、いわゆる分人の話かと思いきや、読んでみれば戸籍トリックモノ、弁護士モノの一般小説だった。とはいえ男の正体は気がかりで、最後まで興奮してページをめくれた一冊だった。おもしろかった。

    少し面白さの正体を整理してみる。


    ■文体
    まずは文体の良さ。
    物語の信仰とは関係なさそうな描写(例えば家族のふれあいとか街並みとか)が薄くないんだけど消して読みにくくなくて、これは筆者の文体のなせる業だと思った。また、この厚みがあるおかげで、物語全体が単なる筋書きではなく立体的に描かれていた。
    この作品は文学でもあり、人間を描いた物語であり、その人間の描写に引き込まれたのだと思う。

    いわゆるストーリー漫画的な「キャラが立つ」というよりは、あくまで地味な一般人たちばかりなのだけど、奥行き俯角描かれることでそれぞれの個性はきちんと描き分けられていた。

    文学という点では、古典のエピソード(ナルシスの話や芥川など)もちりばめられており、著者が文学好きであることがよく分かった。それはエピソードにも、哲学テーマの展開にも、そして文体にもよく反映されていて、この地力は重要。


    ■謎

    作品全体を引っ張るのは、宮崎県で死亡した谷口の正体Xが何者なのか、というテーマ。

    まず序盤。
    S市での妻の過酷な経験(幼い息子に先立たれ離婚)がゴシップとして興味を引く。
    それから謎の男との出会いと結婚までの馴れそれめ。これも恋の物語としてゴシップ的に興味を引く。
    男が謎めいた雰囲気を持っていることも重要か。
    その上で、男の死と、別人であったという「謎」が開示される。
    この「謎」は本作の看板であり、終盤まで引っ張られる。
    またこの序盤は、妻の家族はどうなったのか、Xであった原は幸せだったのか、を示すラストにきちんと結びついている。

    その後の展開は次の通り:
    ・Xの実家が出てきて、元カノにたどり着く。
    ・横浜刑務所のペテン師から戸籍交換の話を聞き、それから偶然もあって元死刑囚に行き当たる。
      →ペテン師は「賢者」として機能
      →Xの正体である原はどういう人物か、Xが成り代わったオリジナルは生きているのか、と言う派生する「謎」も提示
     ・複数回の戸籍交換のトリックを経て、過去が次第に明らかになる
      →ここで物語のテーマに関するエピソードが色々提示される
     ・オリジナルの人物に会い、主人公のプライベートもひと段落
     ・S市の家族と「ある男」の結末


    ■人物の多様性

    実は登場人物がかなり多かった。それぞれに家族もいたり。
    人物相関図にするとそれだけでも面白いことになりそうで、むしろ物語をひねる段階では人物相関図をひねることで面白くもできたのかもしれない。
    書き分けの技術が必要ではあるが、手法として参考になる。ただしこれは、人間関係が主題であるからこそか。


    ■哲学テーマ

    本作の哲学テーマは「私とは何か」。これが多面的に描かれていた。
    挙げてみると次のようにかなり多い(これでも書ききれていないと思う)
     ・過去が別の者であってもその他人を愛せるのか、そこにあった愛は真実なのか
      →これは「愛しなおす」と言う会が与えられている
     ・他人に成りすますことで「私」は他人になれるのか、どんな気持ちになるか
     ・別人に成りすましても平等に訪れる死
     ・事故死、病死、死刑制度の是非
     ・子供の成長による人格の変化
     ・時間を経ての価値観の変化(妻との離婚の危機)
     ・見る人によって違う顔、人の多面性
     ・親の形質は遺伝されるのか、親の事績は「私」を拘束するのか
     ・レッテル(所属)は「私」を規定するか、社会に規定されるか(在日朝鮮人問題)

    これらがすべてのエピソードにちりばめらっれ、重層的に物語を機能させていた。

  • 凄い作品でした。
    今の日本に住む人の心の底にある不安、葛藤、社会の危うさが凝縮されているような気がして、自分と対話しながら読み進めていました。

  •  「マチネの終わりに」に続いて平野先生の作品の中では二番目に読みました。まだ、若い私には複雑な大人の世界に羨望と嫌悪を抱かせるような作品でした。例えば、入れ替わりを結局そのままにしてしまう点には正義感に駆られる一方、その不正によって社会の攻撃から逃れ幸せになれた事を考えると見逃されるべきとも感じら社会の美しさと汚さの一端を垣間見れました。また、愛に過去が必要なのかという問は城戸と里枝、両方の人生に対極的に当てはまりますが、どちらも子を守るという一つの結論に自然となることに人間の愛を深く認識しました。

  • 夫が死んだ。しかしその男は別人だった…

    戸籍の取り替え(曰く『人生のロンダリング』)から、死刑廃止論争、東北大震災の後遺症、在日ヘイトスピーチ…
    そして『私』とは?

    『国家はこの1人の国民の人生の不幸に対して不作為だった。にも拘らず、国家がその法秩序からの逸脱を理由に、彼を死刑によって排除し、宛らに現実があるべき姿をしているように取り澄ます態度を間違っていると思っていた。立法と行政の失敗を、司法が逸脱者の存在をなかったことにすることで帳消しにするというのは欺瞞以外の何ものでなかった。』『もしそれが罷り通るなら、国家が堕落すればするほど、荒廃した国民はますます死刑によって排除されなければならないという悪循環に陥ってしまう。』

    このくだりは死刑だけじゃない、いろいろな問題にも当てはまるよね。国家だけじゃなくて。つきつめると二項対立化する社会が怖い。

    人間の毎日って、多かれ少なかれいろんな社会問題が絡んでて、何にどこまで深く関係し考えるか程度に差はあっても、それぞれに折り合いをつけて生活を重ねてる。

    誰かと過去を取り替えたいと思わないで過ごしてきて、しぜんにこれからを思い描くことができる私は幸せ。主人公が時折そう述べる、そのとおりだと思った。

    平野啓一郎氏については賛否両論あります。確かに、難読漢字の多用は少し喧しい感じがします。でも私は彼のファンのひとりで、主人公の感じ方というか掘り下げの程度というか、私には適当で面白かった。

  • 平野さんの小説を初めて読んだ。最初の出だしは少し難しく読み進めずらかったけれど、途中からどんどんのめり込んでいった。
    あらすじを知らずに読んでいたので、まさかこういう物語なのかとは露知らず、ドキドキしながらページを進めた。

    ネタバレになるが、幾人もの入れ替わった人物が登場するが、皆今までの自分が嫌で新しい自分として生き直している人たちだった。
    自分が嫌で嫌で仕方がない。身体を覆っている皮膚全てを剥ぎたくなるような苦痛を感じていた。だから、全く別の誰かの人生を歩むことで、自分自身の過去を忘れることができる。

    そんな気持ちにとても共感してしまった。

  • 2021.06.19遠藤さん推薦。結婚した夫が死んで、実は実在する別の男になり切っていたという話・・・らしいが、そもそも現実離れしていて気持ちが入っていかない。読んでいて面白くない。1/4読んで諦めた。遠藤さん、ごめんなさい。返却します。

  • '「未来のヴァリエーションって、きっと、無限にあるんでしょう。でも、当の本人はなかなかそれに気づけないのかもしれない。僕の人生だって、ここから誰かにバトンタッチしたら、僕よりうまく、この先を生きていくのかもしれないし」'


    これまでの帰結としていまが表れ、これからの起点としていまがここにある。
    そうなんだと思う。


    ほとんどは繋がりによって連続している。断層のように滑りズレて、立っている場所が突然に変わったような気がしても、その遷移さえも何かしらの連続で表れてくるものだ。自分にとってはそれでしかなく、ただ傍から見たときの不予測による抵抗が僅かに生まれるだけで、ほとんどが関係ない。


    これまでを捨てて、これまでにない新しさを拾う。

    別人になる。そう思いたくなるほどの人生も確かにあるのかもしれない。そういう意思を定めて、確かにそのための舵を切る。そういうこともあるのかもしれない。
    それでも、そこで変えられたのは、自分ではなく、周りなんだと思う。

    自分とは隔てられた、外側の存在が定める状況を、取り替える。そのためには、自分を捨てるしかない。そして別の自分を拾うしかない。その「自分」とはつまり、周りが定めるだけのもので、ただの状況でしかない。そう捉えることができるだろう。


    愛はそこにどうやって表れるのか。愛はどこまでを含めて、存在しているのか。
    いまがあるから。これまでがあるから。これからがあるから。ひととひとの間に表れるしかないそれは、状況によって姿を見せるものだということから逃れられないけれども、だれもが確かにそれだけではないと、思えるものだろう。


    自分というものも、あなたというものも、立ち表れてくる存在と、そこに映る存在と。
    ともにあることで見出すことができる姿を、誤魔化さないということが、それなのかもしれない。

    誤魔化したくない、という気持ちなのかもしれない。

  • 弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。
    人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。
    人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品。

  • 愛にとって過去はどういう意味を持つのか考えされられる作品だった。
    過去もその人の人格が形成された一部として受け入れられる事が本当の愛であり、美鈴の言う「1回愛したら終わりじゃなくて何回でも愛し直せる」事だと思った。

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著者プロフィール

作家

「2017年 『現代作家アーカイヴ1』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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