文藝春秋 2019年3月号

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  • Amazon.co.jp ・雑誌
  • / ISBN・EAN: 4910077010399

感想・レビュー・書評

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  • 上田岳弘 ニムロッド

    要素は多い。ビットコインという現代性。戦争経験のない身で、ダメな飛行機コレクション。現代の実存感覚すなわち取り換え可能性。
    それを最大限によく言えば奥泉光「人類が積み重ねてきた営為がもう終わってしまうかもしれないことへの愛惜が滲む作品」。
    悪く言えば、内実のない衒学趣味。
    エヴァの人類補完委員会あるいは肉の海というイメージに、作者はずっとこだわっているが、その語り方=衒学趣味においても共通しているのだ。
    芥川賞は近年、功労賞としても機能しているので、まあこの人が受賞することは予想できていた。
    そしてこの作者のこだわりは、確かにある種の読者には響くのだろう、響き続けているのだろう、と判っていた。
    そんな作者が、いわば「置きに来た」作品として、受賞するのは、きわめて当然(選考委員のおじさまおばさまにとってビットコインの解説はウケたのだろうね)。

    しかし個人的には、悪しき村上春樹後続者だと思う。
    女性を登場させれば必ずセックスの対象となり、妊娠(懐妊ではない)に際しある種の決断を迫られる、という型通りの扱い。
    こういう設定を考える作者/こういう設定内で拘泥する女性、には、皆川博子「海賊女王」のグローニャを派遣して「くよくよ悩むんじゃねえよ!」とけしかけたい。
    剣とともに齋藤美奈子「妊娠小説」を携えさせて、「もう古い(とアッタリマエにあんたらをぶっ殺せる場所にあたしは来て)んだよ!」と言わせたい。

    @@@@@

    町屋良平 1R1分34秒

    私怨もあり食わず嫌いしていた作家だが、読んでよかった。
    抜群に「可愛い」! のだ。

    対戦相手を研究するせいで、相手と夢の中で友達になってしまう。可愛い。
    しかも必ず、公園の青姦を一緒に覗くなど、シモを共有する。可愛い。(このあたりBL的な読みも)
    ドキュメント映画を撮る、というていで携帯で動画を撮られるときだけ饒舌になる。可愛い。
    自分の人生に対してやる気がないというか当事者意識がないというか。他人事ではない。
    筋肉痛だけが友達だ。わかるわかる。

    ところで「内省」が延々続く小説だが、「対話」も描かれる。

    自らを追い込むことでセルフメンヘラというか不安定になり、ウメキチに足を揉まれながら落涙してしまう。
    さらに町屋さんのいいところは、すべてユーモラスに描けることだ。
    涙が落ちたウメキチの頭はいずれ禿るだろう、とかなかなか描けないよ。
    「正直な、ぼくは勝ちたいか勝ちたくないかもうわからねえんだよ」「おい、おまえタメ口すごいぞ。前はあんなに素直ぶってたくせに」「体育会ひとみしりなんだよ。合わないの、精神論とか」「もっとはやくそういえよ」

    内省の言葉遣いと、対話の言葉遣いの違い。
    果てはルクスが低い自室の窓を覆うような樹とも対話を始める。
    このへんで、内省と対話は別物ではもはやなくなってくる。
    モノローグを軽視しダイアローグを重視する、あるいは矢鱈と「他者へ」とか言い出すオッサンは、ビジネスの場でもブンガクの場でも多いが、もはやそんな区分けができない状態が、描かれているのだ、ここには。
    そんな文学的達成を「可愛い」でコーティングして差し出されたら、もう。

    ところで島田雅彦が安部公房の戯曲「棒になった男」の第二景「時の崖」を引き合いに出していたけれど、その実況的独白よりは随分リーダビリティが高い。
    またボクシングというネタ、ボクシングのトレーニングをつぶさに説明するという丁寧さ、のあたり、あー芥川賞を狙ってるなーという感じ。
    個人的な趣味としてはもっと解説的な地の文は抑えて当然のものとみなし、唐突に内面が移り変わっていくほうが面白いと思うけれど、まあそこは芸術性と大衆性の折り合いというか、説明がなければ伝わらない小説の宿命というか。

  • 人様から長々とお借りして読んだ。
    珍しく芥川賞以外の部分も読んでみたら、かなり面白かった。いつの間にかそんな歳になったということなのかもしれない。

    受賞作は「ニムロッド」「1R1分34秒」の2作。
    自分としてはニムロッドの方が断然面白く読めた。完成度が高く、これまたずっと読んでいたいような、けれどここで終わるのが妥当なのだろうという、切ない作品。
    1R~の方は、読み終えてみれば面白かったし彼らに愛着も湧いたのだが、多分この、文章のつたない感じが自分は苦手なのだろうと思う。取っつきにくい。空気感、世界観は嫌いではなく、物語が進んでいくに従って読みやすくなっていきはしたから、単に表現の相性の問題。あとはボクシングについて知らなすぎる。
    純文学はジャンルとして説明が難しいという話を最近聞いたばかりだけれど、確かにそう思った。
    選評から、受賞を逃した「居た場所」が読みたくなった。

  • 第160回芥川賞、上田岳弘の『二ムロッド』・町屋良平『1R1分34秒』を全文掲載。それに関連して選考委員の感想や、お二人の人柄が垣間見えるインタビューが読めるのも本書ならでは。又、かつて芥川賞を最年少でW受賞した綿矢りさ&金原ひとみの対談もあり。

    芥川賞掲載もさることながら面白かったのは松本仁志×笑福亭鶴瓶の『鶴瓶さん、いつやめますか』の対談。大御所にこんなに単刀直入に聞けるのは松本仁志しかいないだろう。

    他にも、筒香嘉智「金属バットと勝利至上主義が少年を潰す」や樹木希林、大板ナオミ、カルロス・ゴーンなど話題の人物の記事も興味深い。
    そして、実名告白したカトリック神父の性的虐待の記事には身が寒くなった。春秋さんならではの告発記事。

    盛りだくさんの一冊。お勧めです。

  • 「ニムロッド」だけ読んだ。

  • 芥川賞2作品が読める号は、入手出来たら読むようにしている。今年の芥川賞、「ニムロッド」と「1R1分34秒」が読めた。他にも興味深い短編やインタビューが入っている。芥川賞というと、純文学というジャンルだと思うが、その純文学の定義自体が変わってきているのかもしれない。時代は現代だが、仮想通貨など新しい題材が織り込まれている。
    「ニムロッド」は、仮想通貨のマイニングで稼ぐように上司に言われたサラリーマンの話。なかなか面白かった。キャリアウーマンのガールフレンドとの関係、仮想通貨の雲をつかむような世界観、うつ病から回復した同僚、どれも非現実的でもあり、リアルでもある。
    「1R1分34秒」は、プロボクサーの青年の話。著者もボクシングを習っているらしく、専門的用語が続くが、それが意外にも不快でない。展開がスローの割りに引き付けられ、読み止めることが出来なかった。ボクサーの人はこんなにきつい減量をしているのだな、と唖然とした。1週間で7キロ落とすとか、体に悪い。どうしてそこまでフラフラの状態で試合に望むのか部外者には不明である。
    これら2作品は、どこか似通っている。独身の男性の一人称で書かれた作品であること、友人が登場し客観性を持たせているところ、iPhoneがモチーフとして登場すること、あえて熟語をひらがなで表記するところなど。これがトレンドなのだろう。

  • 1R1分34秒、出だしや風景、心象描写が陳腐で読むのが辛い、と思ったけど、ボクシングシーンになるとぐいぐい引き込まれていった。芥川賞なのかなー、直木賞寄りなのかなーと思わないではないが、面白かった。

    ニムロッド、文章やテーマは達者なんだけど、説明的で全然ハマらなかった。惑星とかのはちゃめちゃさの方が全然好き。

  • 芥川賞受賞作を2作読めて1000円。

  • 芥川賞受賞作を掲載。
    ぶ厚い雑誌も電子版なら問題無し。
    文字を拡大して老眼鏡無しで。
    今回は、2作とも一気に読めて、良かった。

  • 記事全てを読んだわけではないけど読了とします。
    芥川賞の選評で、やっぱり山田詠美さんのコメントは毎回声をあげて笑えるほど面白いし、一方、細かな表現まで大切に評価している人だと思う。また、落選はしたものの、全体として「居た場所」を高評価している委員が多いのが印象的だった。
    また、平成の芥川賞を振り返る宮本輝さんの記事も興味深い内容があった。選考会での雰囲気や、選考委員たちがそれぞれに、作家としても個人としても真摯に選考会に臨んでいるのだなということが伝わってきた。
    さらに、候補作を読んだときは「ニムロッド」の緻密な文章や構成が理知的に感じて最も好感を持ったが、それとは対照的になるように感覚的・身体的な文体を持つ「1R1分34秒」の作者のコメントを読んで、作者自身にも好感を持った。
    作者たち自身も対照的であって、どちらもやはり優れた作家なのだと感じた。私は、読むだけの読者。
    他にも、金原ひとみと綿矢りさの対談、養老孟司先生のAIに関する記事と、半藤一利さんの二・二六事件についての記事を面白く読んだ。結局二・二六事件を知るのに最良の書とはどれなのだろう。

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