少女ティック 下弦の月は謎を照らす (本格ミステリ) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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    少女が一年を通して出会う四つの事件を描く連作ミステリ。
    というオーソドックスな子供の成長譚としてのミステリの構造は読む前からその系統での王道的な展開への予想と期待を抱かせる。
    主人公が高学年の小学生だからこそ、子供らしさと大人らしさとのちょうど中間で色んな感情に一喜一憂する雰囲気が感じられる。それが形容し難いノスタルジーにも繋がるし、読者にそういった期待を感じさせる。一方でごく近い現代が舞台ということもあり、「ああ、今どきだな」というアップデートされた懐かしさを覚える面もあり読書体験としては新鮮な部分もある。でもそこにはどこか変わらない優しさとか現実の悲惨さが隠れていて、努力したり挫折したり悩んだり喜んだり泣いたり……という、子供時代の楽しさと苦しさの経験の蓄積を感じる。
    ただし、やはりこれは読み手の感情上手くコントロールしているなと思う。その仕組みが示唆されるのがエピローグかもしれない。
    エピローグが必要か不要かは意見が分かれそうだけれど、最後に歪さがないと、読者は現実に戻れないのかもしれない。



    第一話 春 少女探偵の脱出劇 5-59

    ・ルナ3000と瑠奈

    エピローグを読む前の感想だが、「うさぎ」は一見「片瀬瑠奈」的で、読者は当然別人と知っているが、巧妙な成りすまし。
    しかし、エピローグで主人公の名前を自分の名前にしたとある。これは「ルナ3000」も自分で設定したのか?
    この後のエピソードでも散見するが、プチ叙述トリックのような趣向が面白い。

    ・下弦の優しさ

    瑠奈が「タッキー、苦しそうだった」と伝えると「二時間経ったら通報する」と返答。
    下弦は真相に気づいた?


    第二話 夏 少女探偵の自由研究 61-126

    ・怪奇的にすら思える不思議体験

    相談員の女性と会ってからの奇妙な現象はほとんどホラーに近い。
    駅員の言動、警報、町民の謎の行動、風信子の家の「母」など、『ミッドサマー』や『ヘレディタリー/継承』のような気味の悪さがあって、一瞬民俗学的な異世界への流離譚が始まったかと思うくらい。
    しかしフリが効いている分、謎を明かしたときの靄が晴れる感じが際立つ。真相は悲劇的だが、それを「少女」時代には秘して、未来に託すのが綺麗。
    今回も人物誤認トリックが使われていてプチ叙述トリックのスパイスが効いている。

    第三話 秋 少女探偵の運動会 127-185

    ・バッドエンド好きには待ってましたの展開

    今回一番好きなエピソード。
    なんと言っても、「死神」の二人一役的表現が皮肉めいている。一方は児童のちょっとしたコミカルな日常に発生した戦隊モノとリンクしたカジュアルな「死神」。その真相は冒頭の校内放送と運動会という舞台の機能が生んだ誤認。
    そしてもう一方は邪悪に過ぎる悪意とその報復。
    弱い真相の原因が強い真相のトリガーになっているのもミステリとしてうまい。スマホという学校で登場しない現代アイテムが二つの「死神」に関わっていて、そして最後に新たな悲劇を引き起こすのが余りに悲劇的。
    それが匂わせるように同級生の口から「死神はいる」と語られるのも闇が深くて好き。そして上級生の言い分も容赦のないほどの悪意が込もっていてなんとも言えない。
    今回のプチ叙述は「中、死ね」と「中止ね」。これ、ドラマの方が合わせにいってない?(笑)


    第四話 冬 少女探偵と凍死体 187-245

    斎藤さんめっちゃ理想的な近所の思想がニュートラルなおじいさんだなとほっこり。
    死ぬなら喧嘩なんてしなければよかったというのも人の良さが出ている。新聞配達の彼も、猫を救うことに望みをかけつつも、盗られた景品の存在を知っているから逃げ出してしまうというなんとも「いいヤツ」感。この町には優しさと人情が溢れていて、だからこそ過去の事件の「悪」はやはり童話の中の「わるもの」のように違和感を持っているなと思う。
    ロジック面では実は情報が出揃えば繋げるだけなのだが、なかなか難しいのかもしれない。登場人物が全員キーマンというのが構図として美しい。
    今回のプチ叙述は「いとう不動産」と「さいとう不動産」。うまい!


    エピローグ 246-250

    闇を感じつつも、これが「やりたかったのかな」と思わせる終章。
    エピローグがなくても完結できるし、単体のエピソードでも完結している。そんな連作の中で最後に付け足されたこの章は、やはり虚構性の強い作中の事件を、現実に引き戻す力があるのかなと思う。少女時代に没入させ、そこから現実に戻るか、ゲームを続けるか。その選択の裏には、「選択できる読み手」がいて、エピローグを読まなければそれは意識できない。このエピローグは視点を一次元上げるための機能だと思った。



    「酷い事件があたかも童話のように読めてしまう」というのが確かに今作の特徴だと思う。それは先に述べているような、かつて少年や少女だった読み手の現実と、作中の日常が地続きだからだろう、ノスタルジックな展開は過去の自分の思いや経験とリンクして、アップデートされた「今っぽさ」は大人の自分の日常とリンクする。その現実味が作中の優しい日常の世界で絶妙に彩られているため、内部の悲惨な現実をもすらすらと読ませてしまう。この感覚はやはり、現実の我々が童話を読むときの「これはお話の中の世界」と認識して楽しむのに似ている。日常が現実味を帯びたときに、非日常は対としての虚構味を増す。それが同一世界での出来事でも。
    そしてこれはまさに僕ら本格ミステリファンが普段していることだと思う。「これは本格ミステリならこう読む」というミステリ的文脈を読む行為は、虚構性を認めて没入することだ。
    作中の平和な日常に溶け込んで自身を投影させると、作中の事件は現実にも起きている生生しい事件を取り扱っていても、虚構性を帯びていく。でもその先にあるエピローグで、虚構性を感じていた没入した自分すら「虚構」の内側であると知らされる。ノスタルジックでリアルな世界で虚構性を帯びていた事件が、自分が「少女ティック」な世界に没入していたと知らされることで逆転する。「現実の中の虚構」が「虚構の中の現実」に一気に転換するのが面白い。

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著者プロフィール

東京都生まれ。専修大学卒業。羽住典子名義で評論家としても活動している。2007年に二階堂黎人との合作『ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子』(宗形キメラ名義)を発表後、2009年に『マーダーゲーム』で単著デビュー。その他の著書に『シンフォニック・ロスト』『鵬藤高校天文部 君が見つけた星座』、共著に『人狼作家』『サイバーミステリ宣言!』『21世紀本格ミステリ映像大全』『平成ストライク』など。近著に『少女ティック 下弦の月は謎を照らす』。

「2022年 『暗黒10カラット 十歳たちの不連続短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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