マーケティングの新しい基本
■「つながっている」ことが価値に ナイキの成長を加速させた「顧客とのつながり」
・例えばナイキはコロナ禍でデジタルシフトを加速させ、急激な成長を遂げた企業の一つだ。ナイキは2017年に「デジタルによって顧客と直接的なつながりを築くこと」を戦略として打ち出していた。顧客の関心に合わせて厳選されたメンバー特典を提供するナイキアプリと、最新の人気シューズにアクセスできる「SNKRS」アプリなどを自社チャネルとして装備している。SNKRSは日本では2018年にリリースされ、その二日後には iPhone のダウンロード数ランキングがショッピングカテゴリーで1位にランクインしている。
・これらのアプリやオンラインは単なる販売チャネルではない。顧客の関心に沿った情報や体験をタイムリーに提供し、顧客とのつながりを強める場として機能している顧客接点だ。これらの活用によってナイキは、服やスポーツギアなどのクロスセルを高めることにも成功している。同時に個人商店などローカルストアへの卸を停止し、ブランド損益につながる値下げなどを抑止するという方針を明確にしている。
・顧客から見てデジタルでつながっていることの価値を感じられない企業は、顧客の生活から排除されるということだ。単にデジタル顧客接点を持っているだけでは、もはや駄目なのだ。顧客に向き合う企業姿勢を保ち、常時の顧客提案を行っていくことを可能にするビジネスモデルを築き、お客とのつながりを強めなければ顧客から選ばれ続けることは難しいということだ。
■顧客の価値が変わった カスタマーバリューの3階層
・「つながっている価値」が一番上。
・このピラミッドは当店顧客価値が単なる一元的なものではなく、階層的な構造になっているという考え方を示している。
・異なる第1階層は「機能価値」である。つまり企業が提供している商品やサービスが持つ機能が実現する顧客価値のことだ。日用品のような商品であれ金融のようなサービスであれ、そのものの機能が顧客にとって満足のいくものでなければならないというのは当然である。車で言えばスムーズな発進と停車、安定したドライビングを提供することなど、 車が移動手段として実現する価値として欠かせないものだ。これが顧客満足の基盤になる。
・ しかしどんな商品サービスも当店もはや機能価値だけでは顧客からの選択を得られにくくなっていることは周知のとおりである。
・第2階層の「体験価値」とは、商品サービスの届け方を含むブランド総体として、顧客が実感できる価値を示す。例えば店舗あるいはコールセンターといったリアル顧客接点や、サイトやアプリといったデジタル顧客接点、または顧客の自宅に届く各種送付物に至るまで、顧客を起点としたあらゆる接点での体験(コト)が顧客価値の実現に寄与していなければならない。ここまで実現できていれば、顧客からの推奨を得る具体的な働きかけも可能になる。
・「モノからコトへ」というのはよく聞く掛け声であるが、それが顧客による使用シーンを指しているだけということが非常に多い。これは機能価値を企業の都合のよいように言い換えているだけで、実態としては顧客にモノを放り投げ「これでこんな体験(コト)があるはずです」と言っているに過ぎない。顧客と企業が直接的な繋がりを築ける時代において、そのような姿勢では顧客の共感を得られない。
・これは飲食などのサービス業では当たり前のこととして理解されていることだろう。単に美味しい料理という機能価値だけで評価されることなどなく、予約や店舗スタッフの対応が素晴らしくなければ、他社への推奨までは得られないのは当然のことだ。そして今やサービス業に限らずどんな企業でもサイトや SNS や EC といった顧客との直接的な接点を持つようになっている。だからこそ商品サービスのみならず、価格設定や情報提供という一連の提供を組み立て、これらの顧客接点を通して、他者よりも素晴らしい顧客体験を実現することが不可欠である。
・さらにそこから企業と顧客がデジタルで直接繋がり、常に最適な提案が届けられるようになると、第3階層の「つながっている価値」が実現される。この段階に至ると、顧客とのつながりは最も強くなり、顧客のリテンションが高確率で引き起こされるようになる。例えば Oisix は、事前のコース選択と顧客の購買履歴、お気に入り登録をもとに顧客が必要な食材を提案し、顧客のカートに毎週食材をあらかじめ入れておくという方策を取っている。自分が毎週買うであろうものを高く提案してくれるのだから、顧客としてはOisixに頼み続ける理由は回を重ねるごとに明確になっていく。
・今や顧客価値は「デジタルで顧客が企業とつながっている」ことを前提に設定しなければならないのだ。
Peloton 顧客接点の革新で圧勝したフィットネス企業
■「コミュニティ」としてのビジネス
・プロトンが掲げる顧客価値とは「人々を励まし続ける」である。その創業者はかつて教会を中心として存在した地域コミュニティが失われていることを感じ、フィットネスを中心としたコミュニティを作ろうと考えたと言われている。
■顧客にとっての「つながる理由」を3回問う
・「デジタル社会において顧客が自社とつながる理由」を明らかにするために、是非以下のように3回問うてみて欲しい。1回目は「顧客が自社と繋がり続けたいと思う『顧客価値』とは何か」と。2回目は「その『顧客価値』を実現するために、我々は具体的などのような提案行動を行うのか」と。そしてその上で、3回目には「その『顧客価値』は他社には模倣できないものなのか」と。
・デジタル革命がもたらしたのは、「顧客と常時繋がっている状態」の実現であり、だからこその顧客価値の変容である。そしてその企業が繋がるに値するかどうかを決めるのは顧客であり、その価値がなければ、たとえデジタル顧客接点があろうともその企業とのつながりは切れてしまう。このことを我々は改めて強く認識する必要がある。
■従来型のマーケティング思考
・従来のマーケティング思考におけるデジタルマーケティングとは「デジタルによるプロモーションとプレイスの効率化」という狭小な意味しか持たないことになる。これは Amazon が目指すモデルではない。
・そしてさらに重要なことは、 Amazon は「どんな菓子を作るか」といった商品起点では考えないだろうということだ。他社にはない強力かつ広範な顧客接点を通して「個々の顧客に対してどんな菓子体験を実現できるか」を考えるはずだ。デジタルを前提にしたビジネスモデルにおいては、最も重要なことはLTV(顧客生涯価値)の向上であり、そのためには「プロダクトですら顧客に応じて可変的なものになる」からだ。
■エンゲージメント×4P デジタル時代のマーケティング思考
・このモデルの基本的な考え方は、「デジタルを活用した独自の顧客接点(Place)によって顧客とのつながり(Engagement)を築き、それに基づいてパーソナライズした最適な商品サービス(Product)・課金方法(Price)・販促施策(Promotion)を実現するというものだ。我々はこれを「循環型のマーケティング思考」と呼んでいる。
■Amazon が率先して体験したビジネスモデルの4つの整理
・(1)顧客にとっての「つながる価値」を明確に持っていること(エンゲージメント)
・(2)デジタルを前提とした顧客接点を持っていること(プレイス)
・(3)顧客を認証するデジタル ID とデータ&システムを持っていること(データシステム)
・(4)顧客に最適かつ直接的な提案を行う CRM を行っていること(CRMプログラム)
・LINE であれば当たり前のこのモデルを Amazon はオフラインの業界にも差し込み、既存の業界における競争ルールを変えようとしているのだ。
snaq.me サブスクの「おやつの宅配」で「楽しさ」を届ける
■継続期間やフィードバックに対してマイレージを提供
・顧客一人ひとりの体験を重視しているため、スナックミーには商品評価といったコメントによるレビュー機能はない。その代わりに新しいおやつとの出会いが実現するように、毎回顧客に対してのおやつマガジンを同梱したり、届いたおやつを「苦手」から「普通」「好き」「大好き」までをボタンひとつで評価できる仕組みを提供している。マガジンはおやつそのものだけではなく、スタッフのノート術や最近目に止まったことなどが掲載されており、これを読みながらおやつを食べるのが筆者らも楽しみのひとつになっている。つまり提供価値が「おやつとともにある良質な時間」である以上、情報コンテンツもまたそれを実現するものとして位置付けて開発しているわけだ。
・またスナックミーに関わるほどに溜まる「どんぐりプログラム」というロイヤルティ・プログラムを用意している。これは購買した金額ではなく、スナックミーを継続した期間やフィードバックした行動に対してマイルとしてのどんぐりが溜まるというものだ。つまり「買ってくれてありがとう」ではなく「スナックミーと繋がってくれてありがとう」を意味するリワードになっている。得られるインセンティブも値引きではなく、「特別な限定商品をリクエストできる」や「おやつコンシェルジュに相談できる」といったものになっており、スナックミーの顧客価値である「おやつとの出会い」を促進する。