読ませる章は多数あるのだが、私の専門分野(?)たる青少年問題で、明確な誤りと無知が原因と思われる歪曲ばかりで構成された部分があるので指摘しておきたい。pp.187-192「心の問題(発達障害や自閉症)がタブー視されている!」だ。
当該節において発達障碍や自閉症の話はほとんど出てこない。代わりに出てくるのは2002年に発表されて話題を呼んだ「ゲーム脳」理論がマスコミとゲーム業界によって封殺されているというもの。しかしそれを裏付けようとするものは、「欧米ではゲームの悪影響に関する議論は当たり前に行われているのに日本では行われていない」というものだ。
だがゲーム脳理論に関して少しでも文献調査、あるいはネット検索すればわかることなのだが、つとに斎藤環などが指摘しているとおり、森の議論は基本的に誤りが多く、さらに科学としての体をなしていないものなのだ。また日本神経科学学会も、ゲーム脳や類似の脳内汚染理論を代表とする言説に対して警鐘を鳴らしている。
著者は川島隆太、菊池誠、小笠原喜康、久保田競によるゲーム脳論批判を「業界的なもの」として批判しているが、本当に彼らの議論を読んだのであれば、そもそも森の言説それ自体が重大な誤りを抱えていると言うことに気付くはずではないか(特に菊池については「大阪大学サイバーメディアセンター教授」という肩書き、小笠原についてはメディア論やネット論に関する著書があるという理由「だけ」でそう断じている!)。そもそもゲームの心理的な影響に関する研究は、坂元章をはじめとして我が国でも複数の研究者がいる。
さらに森について言うと、森は「親学推進協会」の評議員になっており、自民党(民主党などにもいるが)の保守系教育論客と当該協会が推進している「親学」は親和性が高い。決してゲーム脳理論は封殺されているわけではないのだ。
それどころか、ここで「マスコミの圧力がある」という証言をしているのは全て匿名だ。「タブーに斬り込む」という姿勢は評価できても、それは正しい知識に裏付けられて初めて生きるものではないか。同書はこのような記事ばかりというわけではないが(繰り返すが多くの章はまともだ)、この章があることで、同書の評価を大きく下げなければならないだろう。