小学6年生の美々加はバツイチの母親と仲良く暮らしてきたが、母の恋人・熊田の存在が疎ましい。そんな彼女はある日突然、昭和49年にタイムスリップしてしまった!
「ルート225」など、パラレルワールドを描くのがお得意の藤野さん。今回はタイムスリップだからちょっと設定は違うけど、「ルート225」で感じた得体のしれないぞわぞわした不安が付きまとい、こりゃ一筋縄ではいかないだろうという予感がしていた。何故か昭和の場面では小岩井家の小学4年生の次女・さらということになっている美々加。自分は「さら」じゃないし、と主張し続けても、家族には不思議がられるだけ。読む側もはらはらするのだけど、一方で、ぼっとん便所、ダイヤル式黒電話、チャンネルをガチャガチャするブラウン管テレビ、などなど、昭和を知る世代には当時の描写が懐かしくてたまらない!優しい姉とひたすら剽軽な弟、あったかい同級生の存在もクッションとなり、不安は消えないけどもそれなりに昭和を楽しみながら読んでいける。ふとしたはずみで、一旦は現在に帰れるのだ。だからてっきり、よくある「しょっちゅう過去と現在を行き来する感じの設定?」と思いきや、興味本位で昭和に舞い戻った美々加は、その後何をしても現在に戻れないのだ。この予想の裏切り方が藤野さんらしい!
平成の世に戻ることを諦めないながらも、なんとか気持ちに折り合いを付けながら生活する美々加。ことあるごとに「さらじゃない」と主張する美々加に対し、とりあえず「さら」として振る舞っとけば~なんて当初は思ったけど、アイデンティティの問題だよね。そのあたりの、美々加の編み出した妥協策はうまいなと。心が折れてしまいそうな状況でも、宝塚を楽しんだりこっくりさんに興じたり、家族や仲間との仲を深めていく過程はほのぼのしてよかった。後半、ある場所へ行くことで現在への帰還を試みる美々加だが、ここでもひとひねりあり。ぼんやりと感じていた不安は的中し、まさかの展開となるが……。
あえて藤野さんはタイムスリップの理論を細かく説明はしてないが、その理屈がわからなくても別に問題ないなと感じた。(いちいち説明しすぎて、逆に鬱陶しく感じる場合もあるし。)やっぱり藤野さんはこういう「日常からちょっとずれた」作品が抜群にうまい!ユーモア、切なさ、あったかさ、ほろ苦さのブレンドのさじ加減はちょっと間違うと微妙になってしまうけど、いつも藤野さんはそれがほどよいのだ。本作にはルビがふってあるので、是非子供たちにも読んでほしいなと思う。書店や図書館では日本の作家のコーナーでしか見ていないので。
よくよく考えると、小岩井家のパパやママは突然娘が「さらじゃない」とか言い出して、さぞ不安だったことだろうと思うよ。比較的小岩井家の皆は鷹揚な性格だったといえど…もし自分が小岩井家の母だったら、突然娘が他人行儀になってよくわからない未来の話なんかし出したら…戸惑うだろうな。だからスピンオフとして小岩井家視点での物語も読みたいかもと思います。読む世代によって、共感できる人物は様々かもね。色々な楽しみ方ができるこの作品、美々加世代の子はどんな反応をするのかな。改めて、昭和っていい時代だったな~と感じます。給食を食べ終わるまで居残り、はゴメンだけど(笑)甘々な装丁も昭和なファンシーっぽさが感じられてとでもかわいいです。
- 感想投稿日 : 2015年6月14日
- 読了日 : 2015年6月14日
- 本棚登録日 : 2015年6月2日
みんなの感想をみる