『透明な夜の香り』を読了して、しばらく経っていたけれど、千早茜さんの丁寧な人物描写によって、個性的な登場人物たちが鮮やかに思い出され、すっと作品の世界に入ることができた。そして、私の生活には馴染みのない香りの世界に、普段から囲まれているかのような感覚の中で楽しみながら読んでいた。この作品を読む中で、香りについて知りたいという思いが膨らむ作品となった。
『透明な夜の香り』で登場した調香師の小川朔、探偵の新城、庭師の源さんと個性溢れる登場人物たちが、その個性を際立たせながら、前作と鮮明につながっていく。このような中、今回の新たな主たる登場人物は朝倉満。『透明な夜の香り』では、若宮一香が担っていた朔の仕事や生活に係る様々な業務を、朔と新城が直接、朝倉の職場に出向き、誘うところから物語が始まる。その出会い方は不思議であり、疑問が浮かんだが、この出会いに意図があったことがラストに向かって明らかになっていき、私の疑問が解き明かされていく。
もう一つ気になっていたこと、それはタイトルの『赤い月の香り』の「赤い月」のところ。そもそも月の香りは分からないなと思ったけれど、赤い月とは何を表しているのだろうと気になった。作品の始めから赤に関する表現が重なっていき、朝倉の過去とのつながりが明らかになっていく。過去を背負って生きること、それは誰しもがあるけれど、その重さは人それぞれだろうな。しかも、他人と分かり合うことは難しいし、そんなに簡単なことではないだろう。それを、朔はあっさりと掴んでしまう、特殊な臭覚で感じとる朔の力は特別な個性を放っている。それが、この作品の魅力だと感じる。
『透明な夜の香り』と同様に、この作品の中でも、様々な背景や理由を抱えた登場人物が、朔に作って欲しい香りを求めて朔の屋敷を訪れる。その香りを作ることを承諾するのも断るのも朔自身が判断する。朔の判断基準は明確で、依頼人の話や存在に「まずは嘘がないこと」である。朔が登場人物たちの嘘を見破るところの展開にはどきどきするし、それぞれの嘘の背景に驚かされる。また、それを見破る朔の臭覚と思考にも驚愕する。
この作品では、朔や源さんの過去の辛いことが、明らかになる。そこには、それぞれのやむを得ない状況が絡まっている背景があった。それでも、時が経過したからこそ解きほぐされたものも感じられ、温かい気持ちになった。朔と源さんの関係にも、巡り合わせの不思議さを感じた。そして、朔と朝倉の関係も明らかになっていく。そのつながりには驚かされた。だからこそ、朔が朝倉のところに、わざわざ会いにいったのだというところにつながっていく。私の中にあった疑問がすっきりと解決していく。
もう一人、前回の登場人物、若宮一香が登場する。そのシーンは、なぜだかほっとるような気持ちになる。それは、一香が朔に係る業務からは離れたけれど、関係は繋がっていることがわかるから。互いに尊重しているものがあり、距離があり、そこが嬉しくもあり、もどかしくもある。それでも、一香の凛とした清々しさには心地よさを感じる。
前作から、さらに「香り」についての興味が湧く作品となった。それだけ、登場人物や香りの描写に惹きつけられているからだろうな。私の生活に刺激を与えてもらえた大切な作品となった。これからも千早茜さんの作品を楽しみたい。
- 感想投稿日 : 2023年12月2日
- 読了日 : 2023年12月2日
- 本棚登録日 : 2023年12月2日
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