噓つきジェンガ

著者 :
  • 文藝春秋 (2022年8月25日発売)
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本棚登録 : 6832
感想 : 564
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3編で編集されている辻村深月さんの作品で、各タイトルは「2020年のロマンス詐欺」「五年目の受験詐欺」「あの人のサロン詐欺」。「嘘つきジェンガ」という作品全体のタイトルと短編の各タイトルの「詐欺」という言葉のつながりに興味を惹かれた。

読んでみて分かったことは、各短編の主人公は嘘をつくが、それぞれに詐欺という認識はなく、後から詐欺がついてきたという展開になっていたということ、それぞれがやむをえず嘘をついてしまう状況になっていた。同時に、私が同じ状況だったとして、踏みとどまれただろうかという不安も湧いてきた。とは言っても、仕方ない状況だったと思うのは嘘をついた当事者側の理由でしかないだろう。嘘をつかれた側からしてみれば、怒りや悲しみの感情が膨らみ、何らかの被害があれば、詐欺だという声が上がることになる。どの話も、ラストに向かって主人公が嘘をついたことを自ら認め、戒め、謝罪する。嘘の経緯も含めて謝罪の意を真摯に伝え、嘘をつかれた側と新たな関係をつくっていく。その緊張感が丁寧に描かれていて、現実味を帯びて伝わってくる。そこには爽快さも感じられる作品たちであった。

「2020年のロマンス詐欺」は、大学生の加賀耀太が主人公。コロナ禍での大学生活のスタート、その状況のやるせなさを想像する。希望や期待が膨らむ大学生活も現実は厳しいものとなる。東京での一人暮らしを始める耀太の厳しい現実を想像する。決まりかけていたバイトの話も断られることになり、生活面でも苦しい状況になっていく。孤独と不安がひしひしと伝わってくる。そんなところに、友人からオンラインでできるバイトの話がもちかけられる。巧妙に誘ってくる友人の話にのってしまう耀太。さらには、未希子と名乗る女性からの返信に耀太の心が動かされていく。嘘をつきながら、本音の部分が垣間見える。未来子のことを心配するがあまり、無謀なことをしてしまう。それだけ純粋に心配したことに対して、胸が痛くなる。ラストに向かって、美希子の背景や素性が明らかになってくる。思わず感嘆の声が出てしまった。そんな話の展開に胸がざわざわとする。それでもラストは温かい空気に包まれた状況に、ほっとしながら読了した。

「五年目の受験詐欺」は、高校2年生の大貴という子をもつ風間多佳子が主人公。物語は大貴の中学受験時に遡る。私立がひしめく都市部では、今や中学受験に挑むことはめずらしくないだろう。大貴には3歳年上で、それぞれの段階での志望校の受験をクリアしてきた兄がいる。この兄と大貴を比べてしまう多佳子。そんな状況の中で、多佳子に別途受験料を払っての特別紹介による事前受験の話が舞い込む。自分の判断でそれを受けることにする多佳子の心中を想像する。大貴の希望校に受かりたいという願望や夫に相談しづらい関係が絡まり、多佳子は一人で決断してしまう。結局、大貴は志望校に合格した。それから5年後の高校2年生になったときに突然、事前受験自体が詐欺であったという連絡を受ける。多佳子一人で決断したことが重くのしかかる。一人で悩んでしまい決断する状況が詐欺に遭う状況になりやすいのではないかな。悩んでいる事柄を、ありのままに相談できる誰かがいればそうはならないのではないかな。ラストに向かって、多佳子は事前受験の顛末を大貴に明かし、そこでの2人のやりとりにはどきどきが続いたが、大貴の冷静な清々しさに救われ心地よい余韻を味わった。

「あの人のロマンス詐欺」は、両親と暮らす31歳の紡が主人公。紡は、あらゆることを非公表にしている人気の漫画作家、谷嵜レオを名乗ってしまう。その背景には羨望していた谷嵜への思いと、夢と現実のかけ離れた状況にもがいていた背景があった。きっかけはSNSのやりとりということがこの物語の現実味を増す。顔の見えない相手とのつながりは、なりすますのには都合がよいだろう。しかし、それが継続し、相手が多数になっていき、そこに会員制となっていくところに、顔の見えないつながりの危うさを感じる。谷嵜と紡の出会いは、伏線もあり事件もありと私の想像を超えていく。その展開に魅了されラストに向かってページを捲る手が止まらなくなる。はーっと息を吐いた最後の場面は胸が苦しくなっていた。

本作品は短編集ということもあり、さくさくと心地よく読み進めることができた。3作品ともに、ラストに向かって明らかになっていく展開にどきどきしながら、最後は爽快感を味わった。これからも辻村深月さんの作品を一層楽しみたいという思いが膨らむ作品であった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年9月9日
読了日 : 2023年9月9日
本棚登録日 : 2023年9月9日

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コメント 2件

NO Book & Coffee NO LIFEさんのコメント
2023/09/23

ヤンジュさん、こんばんは!
略称「本とコ」です。
「いいね」の炸裂ありがとうございます♪
精選して読書され、レビューも緻密でフォロワーさんも
とても多いんですね。
今後ともよろしくお願いします(^^)

ヤンジュさんのコメント
2023/09/23

本とコさん、ありがとうございます!
レビューを読んで、気になる本が見つかってます。
楽しみにしています!

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