松本隆といえば、松田聖子の「赤いスイトピー」など主に1980年代にヒット曲を多数生み出した作詞家として世間に知られている。
私はそれ以外にも、もともと著者は、はっぴえんどというバンドのドラマーとして音楽業界にデビューしたこと(正確にはさらにその前のエイプリールフールというバンドが先だが…)も知っていた。
個人的にはむしろはっぴいえんどのドラマーという方が未だに印象が強い。
しかし、近年でも「古事記」を音楽にしたり、シューベルトの「冬の旅」を日本語訳し、それがクラシック畑のミュージシャンによりCD化されたりと、あらたな境地に挑戦していることを本書で知った。
そして、その礎となったのが、多忙な1980年代を終え、90年代に入ったときに吐き出した分を取り戻すためにインプットが必要と思い、脈々と受け継がれている確かなものを知ろうとして古典(歌舞伎、能、オペラ、バレエなど)を学んだことである。
そしてそれは、作詞家としてというよりも、人として不足している部分を補うためだったといっている。
この辺に松本隆のすごさが凝縮されていると感じる。
また、本書中には、何曲もの彼の作った歌詞がそのまま掲載されている。
それを見ただけでメロディーが思い浮かぶものもあれば、全くピンと来ない歌もあるが、やはり名曲といわれる歌は、歌詞だけでも、そのすごみを感じられる。
「ルビーの指環」(寺尾聰)、「君は天然色」(大滝詠一)、「風立ちぬ」(松田聖子)、「十二月の雨の日」(はっぴいえんど)などがそれである。
また、「ルビーの指環」では、その主人公の男は2年前に別れた女を街で探す、そんな未練がましい男だが、その男から男らしさを描こうとする松本隆的ダンディズムともいうべき逆説が面白い。
作曲家筒美京平との師弟関係や幼少期の家族のこと、はっぴいえんどなど音楽家としての駆け出しの頃のエピソードなど、松本隆の半生を彼の作った歌詞とともに振り返ることのできる良書である。
最後に、松本隆の作詞に対する気持ちが素直に表現されたこの言葉はとても印象に残った。
「詞は胸を開けて心の中味を見せるようなものだから、詩を書くのはとてもはずかしい気持ちがずっとあった。だからと言って、自分を全部見せるわけではない。100パーセントの想像では歌詞にならないのだが、98パーセントの嘘に2パーセントのほんとがふりかけてあるくらいがちょうどいい」
- 感想投稿日 : 2021年11月14日
- 読了日 : 2021年11月14日
- 本棚登録日 : 2021年11月14日
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