最後の場所で (Shinchosha CREST BOOKS)

  • 新潮社 (2002年1月1日発売)
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5

ニューヨークから北へ50分ほど離れたところにある小さな町、ベドリー・ランに住むドク・ハタ。
永年経営していたドラッグ・ストアをたたみ、今は高級住宅街の大きな家にひとりで暮らしている。
毎日の散歩、スイミング、そしてたまの読書の生活。

地元の名士として町の人たちから親しまれ、常に穏やかなたたずまいの彼には、一見何の問題もないように見える。
しかし彼には、大事に育ててきたのにどうしても懐いてもらえず、17歳で家を飛び出してしまった音信不通の養女がいるのだ。

“状況は理想的とはいえないが、思うに私にとってもはや人生のその時々というのは、正しかったり正しくなかったりする必要はなく、「価値」に満ちていたり重みがある必要もなく、ただあるがまま、そのとおりでいいのであって、今の場合は私とレニー(古い友人)がまた気軽な時間を共有して冗談を言い合ったりすることで十分なのだ。”

そういうものか、と思った。
歳を取っていくというのは、単純にそういうものだという話なのだと。

けれど、何の問題もなさそうな彼が、どうして養女サニーとうまくいかなかったのか。

初めは娘の方に問題があるように読めた。
彼女が自分勝手なんじゃないの?

サニーが彼に向けて言った言葉。
「彼女(婦人警官)があなたの機嫌をそこねられないのは、あなたが、必要もないときに、ほんとはしたくもないことを、とにかくしてくれた親切な良い人だからよ。あなたは親切心で人に負担をおわせる。」

元恋人のメアリー・バーンズはこう言った。
「あなたは、いつもあまりに一生懸命やってみようとするのよ、フランクリン、まるで私を愛するのが誓いをたてた義務ででもあるかのように」

原題は「ジェスチャー・ライフ」
ジェスチャー=体裁

完璧な体裁。
しかしその中身は虚ろである。
それはなぜか。

ドクは在日コリアンの家庭に生まれたが、幼少時に日本人黒畑夫妻の養子になった。
養父母に対し出来るだけの孝行をし、礼節を尽くしたと考えるドク。
しかしそこに情は通っていたのか?
育ててもらった恩はもちろん感じているだろうが、それは血のつながった親に対するものと同じだろうか。
日本人ではないのに日本人として育てられた違和感は、ドクの心の奥底にずっとたまっていたのではないか。

結婚をしたことのないドクが育てたサニーは、明記されていないがコリアンである。
周囲の人たちが養女だとわかっていても、いつか本当の親子みたいと思ってくれるように、コリアンの子を希望したのだ。
しかし、ドクの元に来た娘は、肌の色が黒すぎた。
多分戦争が生んだ、私生児なのだ。
だから、一瞬彼はがっかりした。
サニーはその一瞬を見逃さなかった。

条件ではなく、サニーそのものを見ればよかったのに。
ここでも彼は、体裁の方を選んでしまった。無意識に。
彼は彼なりにサニーを大切に、慈しんで育てていたと思う。
でも、心の交流はあったのだろうか。

まだ若かった頃、第二次世界大戦に日本兵として従軍した彼は、そこで、韓国人従軍慰安婦たちと出会う。
志願兵と紹介された彼女たちはまだ幼く、何が起こるのかもわからないまま連れてこられ、心身ともに傷つけられていく。

医療の心得がある者として彼女たちの健康管理などを任された彼は、ひとりの慰安婦と親しくなり、そしてそれは決して幸せになることのできない道へとつながっていく。

韓国人としても日本人としてもアメリカ人としても、よそ者だった彼。
大切な人を守ることができなかった過去。

一生懸命人に親切にすることでしか自分の居場所を作れない。
離れて行った養女、恋人。
誰とも本当の関係を築くことができなかった彼は、高級住宅街にある大きな家だけが、自分の人生を肯定できる担保だった。

“私の願いはただひとつ、集団の一部になること(百万分の一であろうとも)であり、体裁だけではないなにかがある人生をたどることだった。それでいて、いまになってわかるのは、じつは私もさまざまな出来事の重要な一部分をなしていたということであり、それはKも、ほかの女も、兵隊も、そのほかの者も同じだった。じつに怖ろしいのは、いかに私たちがその中核をなしていたか、邪気があろうとなかろうと、いかに私たちがもっと大きな歴史の流れに関わっていたか、自分自身と互いとを戦争というまったく徒労の動力に捧げていたかということだ。”

カズオ・イシグロの『日の名残り』を思わせる出だしだったが、セピア色に暮れていく人生の時を静かに感じるその物語より、もっとビターな読後感が残った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年6月11日
読了日 : 2015年6月11日
本棚登録日 : 2015年6月11日

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