あなたの呼吸が止まるまで

著者 :
  • 新潮社 (2007年8月1日発売)
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「知らない人には誰のことか分からなくても、身近な人には佐倉さんだってすぐにわかるように書く。みんな口には出さなくても、心の中で佐倉さんを警戒するようになって、そういう目で見るように。あなたがまわりの人を信じられなくなるように」

最後の最後で『あなたの呼吸が止まるまで』というそのタイトルの意味を理解する。

だとすると、本作の主人公・野宮朔は小学生であるが、自分の意思を言葉ではっきりと伝えることができる精神的に成熟している小学生だなぁと、自分の小学生の頃を思い出して比較してしまう 泣

例えば、『常識』の定義(ここで朔に常識の定義を尋ねることも面白い)を『物事を判断する一般的な基準』、『悪』を『人の、嫌悪感に触れる行動』と説明している。小学生の回答ではない!ただ、ここで朔に言いたいことがある。『悪』の定義の説明に『嫌悪感』を使うと、その中に『悪』という言葉が使われているので、『悪』がわかっている人に対する説明ではないか?と、この反論に対するコメントが聞きたいなぁとつぶやいた。

小学生の回答としては、『善人』の『田んぼのカカシのようなものだと思います』の回答の方が個人的にしっくりするし、好きだ。

こんな思春期に差しかかるおませな野宮朔は小学校6年生、12歳である。両親が離婚したので舞踏家の父と二人暮らし。学校でのお友達は、これまた朔よりも子供らしからず精神的に独立しているというか、はっきりした物言いで周りの大人よりも自分の考えをしっかり持っている鹿山さん。鹿山さんに慕われながら、同級生の田島君に恋したりしながらも一歩一歩、大人への道を進んでいる。
そして、そんな彼女を慕っていたはずの佐倉から突然の性的暴力を受ける。朔の衝撃を佐倉へ伝えるためにの選んだ復讐への決意ーー「知らない人には誰のことか分からなくても、身近な人には佐倉さんだってすぐにわかるように書く。みんな口には出さなくても、心の中で佐倉さんを警戒するようになって、そういう目で見るように。あなたがまわりの人を信じられなくなるように」
ーー「私はあなたを逃がさない。絶対にあなたを許さないから」ーー

鹿山さんが朔を慕う理由、それは鹿山さんが転校してきた当初にクラスの子たちから調理実習でのみそ汁の材料を忘れた時にそこにあったお好み焼きの材料でみそ汁を手際よく作った。出来上がったみそ汁が美味しくて、みんな鹿山さんを責めていたことをわすれた。
その時に「この子は私の失敗を責めるどころか、解決して、美味しいごはんにしてくれた。」と思ったその日以来、鹿山さんは何があっても朔を慕うようになったのだ。なんて、小学生らしからぬ律儀な子供かと思う。そんな鹿山さんが生理の説明の際に、先生に発した言葉に思わずに何て立派な子供なんだろうと、尊敬の念すら生まれた。


一方で、佐倉の行動、言葉には、ずっと違和感を感じる。それは悪い人間という意味ではなく、大人なのに子供のような。例えば「でも僕は今でも肝心なときに引くところがあるから。その場で自分の主張を押し通す反射神経がないんだよ。だから、朔ちゃんがお父さんの踊りのときに僕を助けてくれたときは、この子はなんで良い子なんだろって思ったよ」
朔に自分の感謝の気持ちを伝えてはいるのだが…伝え方が大人の言葉に思えない。他にも「朔ちゃんが18歳になったら、僕と結婚しよう」といった時は、『?!』と、『やっぱり変!』、『ロリコン?』と思うと気持ち悪く感じる。子供から成長のない大人、引きこもっていたからだろうかと、その時は思った。

この後、朔は佐倉から予期しない性的暴力を受ける。この暴力にしても、佐倉に対して不快感はあるが、もともとは朔が自ら佐倉の家に行ったことや、朔が佐倉の家に行く時も遅いからと心配して迎えにきていることなど、まるでふたりが付き合っているかのように錯覚してしまうほど、佐倉の朔への思いが伝わってくるのも確かである。だから性的暴力も朔を独り占めしたいという気持ちの表れであるように思える。確かにそれは歪んだ表現ではある。そして小学生には受け入れることができないだろう。(小学生でなくても、一般的な感覚であれは、女性は受け入れ難い)

小学生には、ショッキングな行動、暴力。許せない朔の気持ちもわかる一方、佐倉がかわいそうな人間に思えてならない。

ただ、それは読者として、客観的に佐倉を見ているからだけであって、多感な思春期の少女にとっては、心が壊れるに等しい暴力であり、「あなたの呼吸が止まるまで、私はあなたのことを許さない。」と伝えることも理解できる。しかし、私は最後まで佐倉に対しては可哀想だと、また不快には感じるところがあるものの憎むことはできなかった。佐倉、朔の双方の気持ちが理解できるように描写されているからかもしれない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年5月9日
読了日 : 2021年5月9日
本棚登録日 : 2021年5月9日

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