本書は、教育心理学を専門とする名古屋大学大学院教育発達研究科の現職教授の速水敏彦先生が、若者の他人を無視したような言動と感情の関係について考察し人間理解につなげることを目的として著した解説書であり、タイトルと表紙の口絵の軽さとは裏腹に深い内容かつおじさん世代には「たしかに!」と共感できる部分が多くかなりオススメ。
筆者の考察を要約すると、若者の他人を無視したような言動は、「仮想的有能感」すなわち根拠なき自己肯定に起因するものであり、日本文化の特徴でもある「悲しみの文化」の衰退が招いた社会現象であろうというものだ。仮想的有能感と悲しみの文化とは何か、簡単におさらいしておきたい。
【仮想的有能感】Positive illusion=根拠なき自己肯定
国際社会に通用する日本人の育成を目的とした教育システムのなかでは「アウトサイド・イン」(大人社会の価値基準に従って自己形成すること)による生き方から「インサイド・アウト」(自分の価値基準に従って自己形成すること)による生き方に比重がシフトしつつある。しかしながら、比較対象のない自己基準に基づく絶対評価は自己肯定に陥り易く、自己への期待が、一種の防衛機制としての他者軽視に繋がってしまっており、また、人の欠点を先に指摘した勝ちという風潮もそれを後押ししている。優位にある相手に近づくために自身の絶対的価値を向上させることで追いつこうとするポジティブな感情を生む「ジェラシー型嫉妬」ではなく、相手を攻撃し貶め追い落とすことで自身の相対的価値を向上させようとするネガティブな感情を生む「エンビー型嫉妬」を包含することも仮想的有能感の特徴である。
【悲しみの文化】
怒りと悲しみは同じネガティブな感情でありながらメカニズムが大きく異なる。人間の強さを象徴する感情である「怒り」は、他者(の言動)が介在する外的反応であり、他者に責任がある場合に見られる。一方、人間の弱さを象徴する感情である「悲しみ」は、他者が介在しない内的反応であり、誰にも落ち度がないときにも生じる。目標の喪失や到達・獲得できないことへの反応である悲しみの感情を抱く経験が、物質が豊かな現代では明らかに減少しており、「別れ」や「葛藤」などの悲しみの感情の風化に長い年月を要するということも少なくなった。個人主義傾向が強まった現代社会では、個人の損得には敏感になった反面、社会や他人の損得には共感できず鈍感になってしまっており、悲しみを即座に怒りの感情へと転化させてしまうケースが多く見られるようになった。そのため、自分の奥深くにある善人の部分に触れる機会は益々減少しているといえる。
- 感想投稿日 : 2018年12月22日
- 読了日 : 2018年12月22日
- 本棚登録日 : 2018年12月22日
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