コレラの時代の愛

  • 新潮社 (2006年10月28日発売)
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感想 : 110
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占いがきっかけで読んだ本は初めてかもしれない。石井ゆかりさんが魚座について書いた本の中で、「コレラの時代の愛」が引用されていたのだ。その名前を見かけてから手に取るまでに数年経ってしまったが、時間をかけたのは正しかった。これはきっと、歳を重ねるごとに理解度の深まる物語だからだ。

フロレンティーノという男がフェルミーナという女に恋をする。環境に阻まれながら若い2人が長い間文通で育んだ愛は、ある時実際に2人が目を合わせた瞬間、幻となって崩れてしまう。フェルミーナは裕福な身分で人柄もいい医師と結婚し、別人のように生きていく。間違いなく幸せで豊かではあるものの、愛があるのか分からない結婚生活を送る。フロレンティーノは最初の失恋から立ち直れないまま、フェルミーナに恋焦がれてあちこちをさまよう。これは秒速5センチメートルやグレート・ギャツビーのような「重すぎる片思い」系の物語でもあるが、純愛というには野性的すぎるかもしれない。

恋に恋するフロレンティーノは彼女一筋ではない。失恋前は頑なに純潔を守っていたものの、ある時に行きずりの女と寝て以来、欲に溺れていく。フェルミーナを忘れるためなのか、それとも単なる肉欲なのか、分からないままに経験を重ねていく。

彼の前に現れた女たちは色々な思い出を残す。不思議な、と一言で片付けるにはあまりに奇抜なエピソードが断片的に差し込まれ、一つ一つに物語のような余韻がある。精神病院から脱走し、山刀で人を斬った後に平然と祭りで踊っていた女。おしゃぶりがないと絶頂に達しない女。単なる情景描写としてこういうディテールが入ってくるので、真顔でジョークを言われているような気分になる。この物語全体が、年齢不詳の老人から聞くホラ混じりの昔話のようにも思える。どこか魔術的な雰囲気があり、それが怪しい魅力となっている。

フロレンティーノは同時に何人もの女性を愛することは可能だという信念を築き、肉体関係だけの相手が多々いながらも、フェルミーナに対する恋心を信仰のように守り続ける。女たちとの出会いを重ねる中で、彼は人間として色々なことを学んでいく。倫理や常識のない世界で彼は魂の遍歴を続け、50年以上もフェルミーナへの恋を諦めない。何ともスケールの大きい話だ。

ジャングルの熱気、湿気、汚臭、汗、熟れ過ぎたトロピカル・フルーツの匂いなどがごちゃまぜに漂ってきそうな、濃密な空気感がある物語だった。猥雑かと思いきや、幻想的な情景描写もあり、そのギャップも魅力的だ。生命力に溢れた小説だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年8月23日
読了日 : 2020年8月23日
本棚登録日 : 2020年8月19日

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