分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議

著者 :
  • 岩波書店 (2021年4月8日発売)
4.20
  • (51)
  • (33)
  • (20)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 417
感想 : 51
3

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は政府に対し状況分析や科学的根拠を持って対策を提案するため2020年2月に設立された。同年6月、西村大臣からの唐突な廃止発表まで約5ヶ月間、「3密の回避」、「人との接触8割減」、「新しい生活様式」などを打ち出してきた。
本書は専門家会議の議論や葛藤の様子を会議メンバーや関係者の証言で振り返るノンフィクションである。議論の内容、政治や行政との溝と連携のあり方、市民生活への影響などについて、どのように考えていたかが生々しく伝わってくる貴重な一冊だ。
未知のウイルスに対して、手探りながらも高所大所からレベルの高い議論がなされ、庶民目線ではなかなか難解なところもあったが、いくつかのポイントは理解できた。それを以下に示す。
①政府、官僚組織には「国民の不安を煽ってはならない」という考え方と「間違うことがないという前提で物事を進める無謬性の原則」がある。対して、専門家会議の立場は「サイエンスは失敗が前提。新しい知見が出てくれば、間違っていたことを反省し、次に生かす。100%のエビデンスがなくても見解や提案として出せるものは出す」ということでスタンスが違う。
②政治家に求められるのは専門家の意見を聞いた上で最終的に国の責任で判断すること。今回課題になったのは、ある場合は専門家に意見を聞き、ある時は聞かないで決めてしまうという一貫性の欠如(尾身氏)
③国も大事だが、前線に立つキープレーヤーとなる知事の意見を聞かないと、暴走集団になってしまう(尾身氏)
④専門家の文章は論理的に見えて情緒的なところもあり、そのまま政策には使えない。一方、役人の文章はできないことを隠しがち。
⑤役所はパターナリスティック(父権的。強い立場にあるものが弱い立場にあるものの利益のためだとして、本人の意志を問わずに介入・干渉・支援する)な考え方なのに対し、西浦氏はベネフィットとリスクの情報を双方が共有するインフォ―ムドデシジョンを促すべきだという立場を取った。
⑥日本モデルはその都度アジャストすること。基本的な考え方は一貫しながらもその時々の状況や相手に応じて作成を変えていく柔軟さは中国やロシア、トランプ政権にはないよさ(尾身氏)
⑦専門家会議は特措法に紐付いていない法的に極めて不安定な組織であり危うい立場を余儀なくされた。対策の歪みや不満の矛先が彼らに向かい、脅迫されたり、警護がついたり、訴訟を起こされたり、一時的な入院生活を送ったメンバーもいた。政府が頼りなく「前のめり」にならざるを得なかったため、責められる立場になった。
⑧専門家会議の「卒業論文」で尾身氏は「前のめり」だったと認め、反省した。
全体を通して、専門家の方々のご苦労がよくわかり、それに比して「専門家の意見を聞いて考える」という決まり文句で巧妙に責任を回避してきた政府への憤りが再燃した。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 時事総合
感想投稿日 : 2021年9月6日
読了日 : 2021年9月4日
本棚登録日 : 2021年5月8日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする